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鍵盤に乗せたラブレター
【同性愛♂ 官能小説】

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本心-8



 時計の針が3時を周り、外が少し暗くなってきた。遠雷も聞こえ始めた。
「雨が来そうだ……」
 冬樹はそう呟いて、大きく伸びをした。

 その時、不意にうららが音楽室のドアを開けた。冬樹は驚いて振り向いた。
「冬樹、今日も練習してたんだね」
 少し沈んだ声でうららは言った。
 冬樹は顔をこわばらせうららの少し潤んだ瞳を見た後、すぐ目を伏せた。
「冬樹」うららは彼の隣に立った。「あたし、あなたのピアノ、ちゃんと聴いたことない。聴かせて、最後に」

「最後に?」

 うららはにっこりと笑った。
 冬樹は唇を噛みしめ、鍵盤を見つめてごくりと唾を飲み込むと、おもむろにその白い指を動かし始めた。

 その曲を聴いている間、うららは身動き一つしなかった。
 冬樹は汗だくになりながら、そのショパンの『ワルツ第8番変イ長調作品64-3』を弾き続けていたが、突然、鍵盤の上で指が止まった。

 ぱらぱらと軒を打つ雨粒の音が聞こえ始めた。

「ごめん、うららさん、僕、君とはもう付き合えない」
 そう言うが早いか、冬樹は椅子を降りて床に土下座した。
「ごめん、僕、君の心を弄んでいた」
 うららは冬樹の腕を優しく取った。よろよろと立ち上がった冬樹はこの世の終わりのような苦しそうな顔をしていた。
「このまま貴男と付き合い続けるの、無理だね」
「うららさん……」
「あたし以外に好きな人がいた、ってことかな……」
 冬樹はその問いに答えなかった。唇を噛んでうつむいているだけだった。

 雷鳴が轟き、ざあっという大きな音と共に土砂降りの雨が降り始めた。

 うららは冬樹の耳に口を寄せた。「素敵な曲だったよ……。ほんのちょっとだったけど、冬樹の彼女でいられて幸せだったよ」そして微笑みながら続けた。「さっきの曲『別れ』って言うんでしょ?」
「えっ?」冬樹は驚いて顔を上げた。「ど、どうして知ってるの?」
 うららは微笑みを絶やさずに言った。「あたし、冬樹と付き合い始めて、CD何枚か買ったんだ。貴男が弾いた曲を家でも聞きたくて」

 冬樹はますます泣きそうな顔をゆがませて叫ぶように言った。「ごめん! うららさん、本当にごめん」

「いいの。気にしないで」うららは微笑んだ。「せっかくだからさ、最後まで聴かせてよ」

 しばらく固まっていた冬樹は、決心したようにゆっくりとピアノに向かって椅子に座り、唇を噛みしめたまま、その切ない音楽を弾き始めた。

 曲が中間部の左手によるメロディと右手との掛け合いになった頃、うららは静かに、音を立てないようにしてそこを離れ、音楽室を後にした。

 うららがいなくなった音楽室で、一人きりで曲を弾き終わった冬樹は、椅子を立ち、東側の窓に駆け寄った。
 激しい雨が冬樹の視界を遮っていた。プール棟全体が真っ白に霞み、窓の中を見ることができなくなってしまっていた。

 彩友美は音楽室の様子をうかがった。前と同じようにプールを見つめる冬樹の姿が目に入った。彼は切なげな表情でじっとそこを見つめている。その日は女子部員は活動がない日だということが彩友美にも解っていた。
「(冬樹君の意中の人って、もしかして……)」


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