ときめき−二人の出会い-1
今年は梅雨明けが遅く、八月間近になってようやく蝉が本格的に活動を開始した。
すずかけ工業高校の正門の脇に並んで立っている桜の木でも、朝からクマゼミやアブラゼミの集団が嫌がらせのようにここぞとばかりに耳障りな音のシャワーを振りまいていた。
自転車を飛ばして正門を入った明智勇輔(17)は校庭の隅をとぼとぼ歩いている小柄な一年生男子に気づき、一旦自転車を止めた後、ゆっくりとその彼に近づいた。
その少年は、うなじが隠れるほどのボブカットで、細いメタルフレームの眼鏡をかけ、左目の下に小さな泣きぼくろがあった。その小さな黒い点のおかげで、その表情は少し憂いを含んだように見えて、決して明るく弾けたような性格とは思えない風情を醸し出していた。
「なあ、おまえ一年生だろ?」
勇輔は自転車を降りた。その少年も立ち止まり、身体ごと彼に向き直った。
「え? は、はい」
そう言いながら、馴れ馴れしく声を掛けてきたその上級生の顔を見上げた途端、彼は目を見開き、身体を硬直させた。
「何で土曜日なのに学校に? 部活か?」
「い、いえ、ちょ、ちょっとした用事で……」右側のレンズがずり下がった眼鏡を両手で掛け直しながら、その男子はうつむいた。
勇輔はにこにこしながら大声で言った。「水泳部なんかどうかな?」
少年はちょっとびっくりしたように顔を上げた。
「え? 水泳部?」
「初心者でも全然問題ねえから。少しは泳げるんだろ?」
そう言いながらその下級生の顔を見つめ、また勇輔はにっこり笑った。
大きな目が子供のように無邪気に細くなるのを見て、今目の前に立っているこの少々無礼な物言いの上級生男子への少年の好感度が急上昇した。
「はい、す、少しは……」
「ま、気が向いたらプール覗けよ。夏休みもほぼ毎日練習やってっから」
「か、考えときます……」少年は赤くなって目を伏せた。
「土曜日は午前中、平日は午後から……」
勇輔は、うつむいたその少年のちらりと見えた白くてなめらかな首筋が目に入った時、自分の身体の芯がなぜか急に熱くなるのを感じて狼狽した。
「ご、ごめんな、急に声掛けて。それに初対面で馴れ馴れしく話してよ」
勇輔はその少年の肩を、まるで何度も会話したことがあるかのようにぽんぽん、と叩いた。
「じゃあな」そして笑顔のまま自転車に跨がり、走り去っていった。