第十一話 空襲-3
「ガラパンの市街地も派手にやられているな……」
九五式軽戦車のハッチから上半身を出した宮中は、双眼鏡を覗きながら忌々しそうにつぶやいた。戦車の周囲には、同じ陸戦隊の歩兵十数名が集まって同じように周りを警戒したり空で暴れまわる敵機を睨んでいる。
「上等兵曹長、何とかアメ公に一泡吹かせてやらんと気が済みません」
操縦手を務める上等兵が悔しそうに言った。
「堪えろ。ここで戦車がやられては何にもならん」
宮中は敵機に応戦しようとはしなかった。空襲警報が鳴ってからすぐに宮中は戦車を走らせ、タッポーチョ山の麓、山道から少し外したジャングル内に戦車を停め、敵機の目をくらましている。他の車両も同じようにしてどこかに潜んでいるだろう。元々、陸戦隊は戦車の配備数が少ないため、貴重な機甲戦力を空襲で失いたくなかったのだ。
「この上にも敵機が飛び始めた、もう少し中に入るぞ。微速後退」
「はい。微速後退」
戦車のエンジンに火が入る。
「すいません。少し戦車下がります。後ろ空けてください」
宮中の指示で戦車に近い歩兵数名が離れる。戦車はジャングルのさらに奥へ入って行く、少し距離を置いて歩兵が続いた。
一方の杉野は演習場の隅にある防空壕内でじっと空襲に耐えていた。かれこれ三時間班は豪内にいるだろう。腕時計で時間を確認する。豪内には同じ小隊の西山分隊と、近くで訓練していたらしい北沢の分隊が避難している。行動が早かったのが幸いして三名の分隊員に死傷者が出ることはなかった。演習場は爆撃こそ受けなかったものの機銃掃射を何度も浴びてひどい有様になっている。
様子見のため、豪から半身で顔を出した北沢が拍子抜けした声をあげた。
「おお……敵さん帰っていくぜ」
北沢の報告に豪内の全員が恐る恐る豪を出て空を見上げる。北沢の言う通り、敵機は地上には目もくれず海の方へ飛び去っていく最中だった。それを逃がすまいと一部の対空陣地が追いすがるように攻撃を続けている。
「ちっ……今度来てみろ、機体ごと搭乗員を穴だらけにしてやる」
北沢が握りこぶしを作って心底悔しそうにつぶやいた。
この日、サイパン島に来襲した敵機の数はおよそ百五十機、そのほかにグアム島やテニアン島も空襲を受け、マリアナ諸島に展開していた海軍航空隊が壊滅する痛手を負った。しかし、これはまだ始発点に過ぎず、日を追うごとに空襲は激しさを増していくのだった。