〈狂宴・後編〉-15
『フン！虫けらだったら遠慮する事も無い…か？……ちょっとでも口ごもったり、嫌そうな態度を見せたら妹をブチ殺させるから……』
タムルは景子の前にしゃがむと、両手で頬を包んで支え、その抱えられた顔面目掛けて唾を吐いた。
悔しさの爆発すら封じ込めるマスクの、その眉間に命中した唾は、スラリと通る鼻筋に沿って流れ落ち、ブルブルと震える唇へと到達した。
この侮辱に満ちた汚液を拭う事すら、景子には許されないのだ。
『口を開けなさい……虫けらの貴女に“御褒美”をあげるから……』
「あ…ふが……」
明確に殺害の予告をされた今、景子には迷う時間は一時足りとも与えられはしない。
この男には口を開けるなと本能は叫ぶも、それすら自分で圧し殺すしかない。
垂れてくる唾が唇を伝っていても、言われるがままに口を開けるしかなかった。
「あ"ぁ"ッ…!?」
開けられた口の中に、タムルは唾を吐いた。
まるで体内を曝すように開けられた口は、卑劣極まる御主人様の汚液を注がれる穴とされる。
『舌を伸ばしてもっと口を開けなさい……ほらほら、溢す前に飲むのよ？……飲んだら口を開けなさいよ、この糞虫ぃッ!!』
「がッ…がは!!あ"ぁ"ぁ"ッ!!!」
景子の目の前に顔を突き付けた御主人様は、これ見よがしに歯や歯茎を舌で舐め、グチャグチャとわざとらしく音を発てて咀嚼をし、唇を尖らせた。
歯磨きすら知らない口腔に溜まった歯垢と雑菌だらけの唾は、勢いよく吐き出されて景子の舌や喉奥に引っ付いた。
身体が拒否反応を示し、早く吐き出せと胃液を逆流させようとするも、景子は意を決してソレを飲み込んだ。
唾が発する悪臭は口から喉を通り、更には異物の流入に悶絶する胃袋からも悪臭は立ち上り、食道を通って鼻腔にベタベタと粘着し、猛烈な吐き気を催させた。
唇を閉じる……ただそれだけの事で、この汚液の注入は防げる……その些細な抵抗すら見せず、襲い来る吐き気と、圧し殺さざるを得ない激情に顔をひしゃげて、景子は受け入れていった……と、タムルはいきなり左手で後ろ髪を握ると、空いた右手で景子の頬に平手を打った……どうやらこの〈虫けら〉は、何か粗相をしてしまったようだ……。
『御褒美を貰っても感謝の気持ちも言わないワケ？「ありがとうございます御主人様」……言えよぉッ!!』
ここに連れてこられてから、景子は食事は疎か、水すら与えられてはいなかった。
その干上がった身体を潤すべく、御主人様は我が身から貴重な“水”を与えてくれたのだ。
唾という体液を、慈悲深くも分け与えて差し上げたのだ。
その大いなる愛の恩恵を受けておきながら、感謝の意すら述べない無礼者は、暴力という名の〈躾〉を受けるのもやむを得ない事だ。