秘密の四角関係(2)-1
楽しい夕食も終わり、リビングは静まり返っていた。
悠也は食事を終えると、有美、友香、早紀、美穂を残しリビングを出て行った。
さらに美穂も片付けを終えると、どこかに行ってしまった。
リビングに残された三人は、互いに視線を逸らし合っている。
有美と友香は、半年前から突然自分たちを避け出した早紀を前にして、何を話していいのかわからなかったのだった。
この静寂を破ったのは、早紀だった。
「ごめんね」
「え?…」
二人は顔を上げた。
「いいよ。軽蔑して…」
早紀は二人とは逆に視線を落とす。
「半年くらい前だったかな…」
二人が困惑している中、早紀が静かに話出した。
色付いた葉もほとんど散り、街には冷たい風が吹き始めていた。
ある日の土曜。早紀は一人になりたくて学校に行った。
国立であるこの高校は、週休二日制なので、部活以外の生徒はめったに来なかったからだ。
早紀は窓についている手摺にもたれ、ボーッと空を見ていた。
頭の中はあることでいっぱいだった。
「私…」
早紀はある本を手に取る。
それには「素人投稿セン」と書かれていた。
「私…」
早紀は本を凝視する。
「どうしよう…」
早紀の両親は父が医者で母は看護婦であった。
今なお共働きであり、夜、親がいない事も珍しくない。
さらに、早紀は医療関係に携わる気はなく、そのことでの衝突が絶えなかった。
その時早紀の心を埋めたのは、『アブノーマル』という異色の世界だったのだ。
早紀は自分の性癖に気付いてしまったのだ。
しかし、そのことを有美と友香に知られたら軽蔑される、もう仲良くできない…早紀はそう思っていた。
「はぁ…」
大きく溜め息をつく。
有美や友香と一緒にいると確かに楽しい。でもやはり、なにもかも忘れホントの自分を晒せるのは、アブノーマルの世界だけだと思い至っていた。
「…もしもーし?」
「えっ?」
「どうしたんだよ?思い詰めた顔して」
いつの間にか悠也が早紀の顔を覗き込んでいた。
「え?えぇ?!」
早紀は慌てて本を鞄に突っ込んだ。
「そんな焦らなくても、秘密にしといてやるよ」
「ちが、違うの」
早紀は怯えた様に首を振る。
「………ま、しかし休みの日に教室に人がいるなんて」
悠也は何もなかったかの様に話題を変える。
「何してんの?」
「え、まぁ、いろいろあって…」
「いろいろねぇ」
悠也は窓の外を眺めた。
「みんな色々あるんだね…」
悠也の横顔は、早紀にはとても悲しそうに見えた。
「坂井君は…毎週来てるの?」
「あぁ。家にいたら鬱になるから」
「………どうして?」
悠也は早紀の顔を見ると、再び窓の外を見つめた。
「親がいないんだよ」
「え?」
「親は俺のことに興味がないんだ。どこに進学しようと、将来何になろうと全く無関心。入学式に帰って来たと思ったら、次の日に仕事でオーストラリアに行っちまった」
「………」
「次はいつ帰ってくるんだかな」
悠也は無理に微笑んだ。