異空間の旅・死の国-2
「冥王の神具は大鎌だ。他の王は普段神具を召喚していないが、ここの王は常にその鎌を手に持っているって話だ」
表情を強張らせたカイがゴクリと生唾を飲み込む。
「大鎌・・・?まるで死神みたいじゃねぇか・・・」
この世界では王こそが絶対で、神の存在はまた別ものとして考えられている。人の世界でいう"困った時の神頼み"なるものも存在していないといっていいだろう。
「言っただろ・・・魂を狩られるってな」
いつも笑いを含ませるブラストの顔には今は微塵の冗談の欠片もなく、冷や汗をかいているようにも見えた。その様子から彼もひどい緊張状態だということが痛いほど伝わってくる。
(・・・キュリオ様を疑うわけではないが・・・そんな相手にこの加護の灯は有効なのだろうか・・・?)
アレスはその事が気がかりでしょうがない。しかし、第二位のキュリオの上に立つのは第一位の精霊王だけのはず。(そうなると冥王は第三位・・・?)
目の前にそびえ立つ靄(もや)に包まれた仄暗(ほのぐら)い扉は、まるで人目を避けた場所に建てられた禁断の扉のように見えてくる。そしてよく見ればその靄は内側からとめどなく流れ続け、冷気が渦を巻いているようだった。
「教官・・・ヴァンパイアの王のもつ二つ名を伺っておりませんでしたが、先に冥王の別名をお聞かせ願いますか・・・?」
普段のアレスならば経験に基づいて順を追った説明を求めたかもしれない。しかし、今はすぐ傍に彼の住む国へとつながる門があるのだ。
「ああ、先に冥王の別名を教えておこう」
「・・・彼のもつ二つ名は・・・<心眼の王>だ」
「心眼・・・」
(心の目によって真実を見抜く力・・・
人智を超えた存在と能力・・・冥王だけが特別じゃない。他の四人の王にも言える事なんだ・・・)
アレスが冷静に力の差、そして越えられない壁の大きさを実感していると後ろにいたカイが怯えたような声をあげる。
「な、なぁ・・・もし、こいつに勝てるかなぁ?とか考えてたら魂狩られたりすんのか・・・?」
「本心からのもんじゃないなら構わんと思うが・・・俺達は使者だということを忘れるな。万が一にも相手に敵意を持つようなことは考えてはならんぞ!」
ブラストがカイを戒めるように言い放つ。その物言いにも力が入っているように感じたアレスは余計なことばかり考えてしまうのだった―――
『・・・で、私に何の用?』
突如聞こえた中性的な声に一同は震えあがる。
(な、なんだこの感じ・・・体が・・・)
アレスはカイたちを見つめたままその場から動けない。体が石のように重く、自分の意志と反して体は行動を止めている。そして背に感じる鋭い視線に身の毛がよだち、恐怖のあまり視線が定まらない。
そして・・・ブラストやテトラたちも眉間に皺をよせ、額に嫌な汗をかいている。
「まずいぞ・・・この感じは冥王か」
使者の経験がある彼らは前にも何かあったのだろうか。だが、冥王の気配を知らぬアレスでさえわかる。この圧倒的な威圧感と今にも押しつぶされそうな殺気・・・とても人に出せるようなものではなかったからだ。
「アレス、そのまま加護の灯をよこせ。俺がいく」
「・・・っ」
アレスは言葉を紡げず、首を小さく縦に振るのが精いっぱいだった。そして強張るアレスの手から灯を受け取ったブラストは深呼吸しながら声のしたほうへと歩み寄っていく。
「私たちは・・・悠久の地より参りました使者でございます!!
我が王、キュリオ様の命により冥王マダラ様へ書簡をお持ちいたしましたっ!」
『・・・・』
声は届いているはずだが、向こう側からの返事がない。それどころか先程の大きな気配が消え、別の複数の気配が近づいてきた。
『悠久の使者殿、ただいま門を開けますので少しお下がりください』
明らかに違う別人の声に、ブラストを始め一行はほっと肩の力を抜いた。カイは腰を抜かしてしまったのかその場にしゃがみこんでいる。やがて安心したアレスが先程の呪縛から解放され、ブラストのいる方へ向き直った。
わずかに開いた門の傍には灰色のローブをまとった門番と思わしき数人の男はフードをかぶっている。すぐブラストの手にしている灯を確認し頷くと、彼の差し出したキュリオからの手紙を快く受け取った。
「悠久の使者殿。マダラ様への書簡、確かにお預かりしました」
ブラストと対峙している門番の彼はとても礼儀がよく見える。おかしなところと言えば深くフードをかぶっているせいで顔が暗く、よく見えないことだ。そしてアレスは彼らの背後を見渡し、先程の圧倒的な気配を探した。
(・・・よかった、もういないみたいだ・・・)
全身から力が抜けたアレスが、カイ同様にしゃがみかけたその時・・・
「さっきからずっとここにいるよ?」