(その2)-6
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「谷 舞子」さんが私のバイト先のコンビニに、偶然に訪れたのは週末の夜だった。
レジの奥にいた私に気がつかないまま雑誌棚に向かい、いくつかの女性誌に目配りしていたが、
不意に隣の成人コーナーで舞子さんが手にしたAVは、私の三本目のSMビデオだった。
どこか感慨深くカバーを見つめている舞子さんが、AVの女が私であることに気がついたのか
どうかはわからない。なぜか舞子さんの背中に、私がこれまで見たこともない切なさみたいな
ものが漂っていた。その理由が私には何となくわかるような気がした。
二週間ほど前、ネットで偶然に古いAVのサンプル動画が目に留まった。題名は「実録 性奴
隷鬼畜」…続編となった私のAVの前に撮られたものだった。ビデオとは言いながらも目を覆
いたくなるような壮絶で陰惨な責めに喘ぎ、何度も悶絶を繰り返すAVの中の女…。
女は舞子さんだった。舞子さんがなぜそんなAVを撮ったのか、そのことをカフェで会ったと
きに尋ねようとおもったけど、咽喉元まで出かかった言葉を私はいつも呑みこんでいた。
私が見たサンプル動画のコメント欄に投稿されていた記事…
「制作は十数年ほど前のものだが、正確な時期は不明。出演した女は、当時三十歳くらいの
燿華という高級SMクラブの現役の女王様。このビデオの監修者は、今は亡き著名な小説家
K…氏。当時、K…氏は四十五歳で経済評論家の妻がいたが、燿華という女性と密かなSM
パートナーでもありながら恋愛関係にもあったということが週刊誌で暴露されたことがある。
このAVはK…氏自身がプライベートに撮ったものだが、その後、裏ビデオとして発売された
ものである。何よりも現役の女王様がマゾ役としてハードに責められることと、不倫関係に
あった女性のSMの映像を、純文学の作家K…氏が自ら監修したということもあって当時は
かなり話題性があった。
このAVが発売された後、出演した燿華という女性はSM界から姿を消したが、一方ではこの
AVを撮ったのち、ある療養所に入院中に自殺未遂を図ったという噂もある…」
その記事を読んだとき、舞子さんの中の心の傷に触れたような気がした。同時に私自身の遠い
記憶を問い詰めていくような気がした。
ふと私は、六年前に自らの手首に刻んだ小さな切り傷の痕をふと指でなぞった。クノキと別れ
た直後、私は手首にナイフをあてた。ためらいながらも、もがき続けたあの頃の私…。私は
初めて自分自身のとてつもない孤独を感じ、閉ざされたものを無理やり剥ぎ取ろうとしていた
ような気がした。
舞子さんの姿に私の過去の記憶がゆらりと重なったとき、ノリちゃん、お客さんだよと、店長
の声が聞こえた。ふと我に返る。部活帰りの男子高校生が騒がしげに数人店に入ってくる。
そのとき舞子さんは、手にしたAVをとっさに棚に戻すと、私に気がつくことなくまるで風が
吹き去るように店を出ていった。