まだだ、まだ終わらんよ-1
桂太の初めて描いた成人向けのマンガを見た編集者は「この原稿を掲載を検討したいのですが、よろしいでしょうか?」と桂太に言った。
余談だが、フォーチュンクローバーの原稿を受け取りに来たこの若い編集者の大塚秀司は、のちに成人向けマンガ誌の編集者から、マンガ原作者とライトノベル作家として独立する。
この桂太のデビュー作は三十二枚で登場人物はセックスする二人がメイン。つまり、どこかで読んだことがある定番のマンガだが、新人の原稿にありがちの気負いや負荷がない。
「どこかで描かれてたことがあるか、同人サークルで活動経験は?」
「すいません……ありません」
大塚秀司は「持ち込みにはマンガ以外にもイラストをつけた方が、編集の方は判断しやすいと聞いたので」
と桂太からイラストや原稿作品のシナリオも渡されて唖然とする。
持ち込み原稿を持ってくる素人でここまでそろっていることはない。
「先生方が手伝ったわけではない?」
「私たちは描き上がるまで見せてもらえませんでしたよ。画材とうちのパソコンを使わせましたけどね」
リーダーの梨香が大塚秀司に言った。
ただしセックスシーンを読んだ全員が自分と桂太との情事を思い出したことは言わずにおいた。
ヒロインの姉(バージン)と主人公の大学生の弟が禁断の一線を越えてしまうベタな近親相姦もの。
「あっ、んあぁっ、熱いのが、中にっ、くぅ……」というセリフは実際に静香が桂太に言ったリアルな喘ぎ声だった。
シナリオの「胸責めは激しくなり、片手でつかみきれない巨乳を左右の十本の指先で角度をかえて揉みしだき、常にどちらかの乳首をしゃぶり続ける。しゃぶりついてくる弟の頭部を力いっぱい抱きしめてくる。弟の顔が厚みのある乳房に埋まる」という部分は、梨香とのセックスで実際に起きたことである。
「中に出しちゃったんだね」
「……あ、俺、つい、気持ち良すぎて」
「心配ないよ、今日は大丈夫な日だから」
このヒロインのセリフは明智まりあが桂太に言ったのと、ほとんどそのままである。
冒頭の夢のフェラチオシーンでヒロインが主人公のものを扱きまくり、先端をくわえて精液を飲むシーンは
織田真理のフェラチオのやりかたであった。
全員がヒロインに感情移入して読んだ。
編集者が桂太の原稿を持ち帰ると四人の美女たちが桂太に抱きついてきた。
「やったな」「よかったね」「おめでとう」「今夜はお祝いしなくちゃね、ふふっ」
桂太はもう限界というまで四人に奉仕して、疲れ果ててしまい、ぐっすりと夢をみずに眠った。
男子三日会わざれば刮目して見よ。この慣用句ではないが、一ヶ月して待ち焦がれていた楓と優子と再会した桂太は二人と3Pするとき、四人を相手にした経験で、気持ちとしては余裕すらあった。
一人に一回ずつ中に出して四人で眠り、さらに続けて朝からやりまくった桂太は女嫌いにならずに、むしろ逆効果となった。
作家の遠藤真の若妻の楓や恋人の北野優子とのことをフォーチュンクローバーの四人は聞いても、桂太を四人は慕い続けた。
「しょうがないだろ、惚れちゃったんだから」
「出会うタイミングは運しだいだけど、まだ山崎くんは結婚してないから、チャンスはあるでしょ?」
「……私の初めての男の人があなたでよかった」
「結婚してなんて贅沢は言わないけど、私はもう山崎くんナシなんていられない。不倫でもいいわよ」
桂太にさらに四人の恋人ができてしまった。
桂太は楓や優子にマンガ家になるかもしれないこと、四人の恋人ができてしまったことを正直に話した。
遠藤真が桂太が弄ばれて、女性に愛想をつかすようにする作戦は、桂太が将来マンガ家になれる道を作っただけにもみえる。遠藤真は桂太を憎んでいるわけではなく、溺愛している。
遠藤真が純文学から転向して官能小説家になったのかはわからない。イギリスで恋人と死に別れたことが真を変えたのか、本当の自分を隠さず生きることにしたのかもわからない。
ただ遠藤真は、桂太には死に至るほどの絶望を与えるつもりではないことがわかる。
「桂太君が、もし大富豪で、ここが日本でなければ、ハーレムが作らなきゃいけないわ」
楓はそう言って桂太に笑顔をみせた。楓はフォーチュンクローバーの四人の恋人たちに感謝した。
(桂太君の才能を引き出してくれた。私には桂太君の才能を引き出すことはできなかった)
「大学はやめないでくださいね、先輩」
優子は真顔でそう言った。優子は桂太が大学を卒業して社会人になったら結婚するのが夢だからだ。
「先輩がもてるのはしょうがないですけど、好きじゃない人と責任を取って、できちゃった結婚だけはしないで下さいね」
優子は処女のまま楓に性技を習ってまで、桂太がいずれ結婚してくれると信じて待っている。
静香は桂太が挿入するまで処女であることを隠していた。桂太に初体験を捧げた女として、一生忘れられないようにするために。
誰とセックスしようが、結婚しようが、老いて勃起力が衰えたとしても、桂太は静香のことは忘れないだろう。それだけでも静香はいいと思えるほど桂太に惚れていた。
それぞれの六人の女性たちの思惑が錯綜する中で、桂太は誰を選び結婚するのか。それとも、成人向けマンガを描き続けてすさんでゆき、結婚せず耽美的な同性愛を選び、遠藤真の恋人となってしまうのか。
桂太はまだまだ若く、性欲は旺盛である。
桂太が描く作品のヒロインたちは、どこか六人の恋人たちの誰かに似ている。
桂太がさらに、マンガ家志望のアシスタントできた十九才の乙女やアニメの声優で歌手の美女との恋の遍歴を重ねていくが、それはまだ少し先の話である。
[完]