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最中の月はいつ出やる
【歴史物 官能小説】

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第二章-5

 その夜、竹村伊勢の番頭は居酒屋の小上がりで独り、美味くもない酒を呷っていた。吉原遊廓を出て右に折れ、日本堤を行くと田町になる。そこに金造の家はあったのだが、今夜はまっすぐ帰宅せず、堤を挟んだ向かい側、今戸町の縄暖簾を潜ったのだ。

「おやじ、もう一本」

ぶっきらぼうにチロリの追加を頼むと、塗りの剥げた素焼きの招き猫が返事をした。置物の陰でチロリに酒を注ぐ爺さんの声だった。
 肴の煎り豆を噛みながら金造は苦い顔。低い声で清右衛門を罵っていた。

「入り婿がでかい面しやがって。こっちは三十年以上も店を切り盛りしているんだ。二年ほど竹村(うち)で飯を食ったからといって何が分かるというんだ」

 清右衛門は竹村伊勢の先代が娘にあてがった婿養子だった。日本橋のとある菓子舗の手代だった清右衛門だが、不惑の年を目前にして結婚など諦めていた時に入り婿の話が持ち上がったのだ。「婿入りなど苦労のもと。早死にのもとだぜ。よしなせえ」という周囲の声に耳も貸さず、二つ返事で婿となった清右衛門は、婿の辛労をさほど感じる暇もなく竹村伊勢の先代の葬式を出すことになった。そうこうしているうちに妻も流行病(はやりやまい)で他界してしまい、姑など結婚前から鬼籍に入っていたため、清右衛門はあっというまに混じりっ気なしの寡男。一人のうのうと竹村伊勢の主として日々を送ることになったのだ。面白くないのは古参番頭の金造である。

「くそ。あたしがなまじ女房を持ったため、先代の娘との縁組みはよそに振られてしまった。こんなことなら今しばらく待つんだったよ」

当時、江戸は男女の比率がおよそ七対三から六対四。女性が圧倒的に少なかったため、生涯独身で終える男性がゴロゴロいた。そのため、少しでも縁があったらそれに飛びつく男がほとんどだったのだ。金造のように鯊(はぜ)をつかんで鯛を逃す悲哀を味わう男も少なからずいたに違いない。

「清右衛門のやつ、女房と死に別れた哀しみをしばらく装ってはいたが、なあに、心底惚れていたわけでもなし、うるさいのが消えて清々したと内心ほくそえんでいたに違いない。……それにしてもここの酒は不味い。ずいぶん水で割っていやがる」

金造は酔いたいのに酩酊の兆ししか感じられないことに苛立った。

「たしかに清右衛門は竹村伊勢の主人だ。多少は菓子のことも分かっている。だが、商売のことになるとからっきし駄目だ。材料に金を使いすぎる。多少砂糖をけちったくらいで客が気づくものか。……月汐みたような化け物じみた味覚の持ち主なんざ、そうそういるもんじゃない。それなのに、このあたしを清右衛門は叱りやがった。それもこっぴどく」

金造の顔は酔いではなく怒りで赤くなった。

「竹村伊勢は遊廓の中にある菓子屋だぞ。味など二の次、菓子の形さえ面白ければ、女郎への手みやげに仰山売れるんだ。それなのに清右衛門はどうかしている。年がら年中甘味の工夫に腐心し、大枚の旅費をはたいて上方にまで出向く。しょっちゅう菓子を頬張っているので身体はまるで求肥餅(ぎゅうひもち)。食うことばかり熱心で損得勘定も知らぬやつに店を牛耳られていたら竹村伊勢もお終いだ」

ぐい飲みを呷り、けば立った心と酒の不味さで顔を顰める。自分で菓子の砂糖を惜しんでおきながら、水で薄めた酒に悪態を付く金造であった。

(続く)


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