拾われて飼われました 後編-8
バラン・ジョルジオ。
異教の神官として信者の女性に違法の薬物を摂取させて洗脳した上で、奴隷として性的奉仕を強要させ資金を集めていた容疑をかけられた人物である。聖騎士団から指名手配されていた。
バラン・ジョルジオはディルバスの偽名である。
ディルバスは、領主アレーナの館に仕えていたメイドのメアリーをまず襲い、服従させるとアレーナに近づいた。
ディルバスの誤算は自分だけが特別だと思い込んでいたことにある。
街の若者ジェフが影使いの淫術をディルバスほど苦労せずにたやすく身につけてしまい、さらに闇から生まれし、千匹の仔を孕む黒山羊とも呼ばれる女神ジェブ=ニグラスの世界に引きずりこまれて、シェリー・ボレルによって、こちらに召喚されるとは想像していなかったのである。
シェリー・ボレルは避妊薬を作るために堕胎薬を先に完成させていた。それはまだ生まれたばかりの胎児を胎内の中でジェブ=ニグラスの贄にしてしまうという禁忌の呪術だった。
バラン・ジョルジオことディルバスが使っていた影使いの淫術とは、相手の影と自分の影をつなげて使い、影を変化させて、標的の相手に快感を与えるという呪術であった。多種多様のショゴスが異世界には存在する。ショゴスを召喚する秘術である。
闇の中で蠢くショゴスを使役して相手を凌辱するが、不完全なショゴスなので異世界に消え去る。
ヨグ=ソトースは門にして鍵と呼ばれるいにしえの神である。その世界に存在しないものが現れると異世界へ送り帰してしまおうとする。
ショゴスは術者の代わりに、ディルバスが襲わせた犠牲者の生気やシェリー・ボレルに薬を与えられた妊婦の胎児を吸収して異世界へ帰るための力とするために奪って帰っていこうとする。
しかしショゴスは帰るべき世界を持たないさまよえるものなので、世界の狭間で眠りにつくか再び別の世界に召喚されるのである。
ジェフはショゴスになりかけたが、シェリー・ボレルがジェフの融合した試薬を実験で野良犬に与えたので
、ジェフはコボルトの変種として再び肉体を得た。
ディルバスも過去の世界でアトラク=ナクアの化身によって過去の世界で活動している肉体は石化した。そのため滅びの島の犠牲者の肉体にショゴスとして憑依して、再び世界を渡り、ガルシーダにある肉体に帰ろうとしたが生ける火焔クトゥグアの世界へ熔岩に飲み込まれて連れ去られた。
ディルバスの各世界の肉体は、クトゥグアの火で消え去ってしまった。
クトゥグアの火はショゴスさえも焼却する。
いにしえの神であれクトゥグアは焼き滅ぼす。世界の全てを焼き払い、やがて焼くものがなくなるときアザトースが覚醒する。
アザトースを覚醒させようとする力と眠りにつかせようとする力があり、その均衡が乱れるときには、いにしえの神は活動している。
アトラク=ナクアの蜘蛛の糸さえも焼き払うので、クトゥグアとアトラク=ナクアは敵対関係にあるともいえる。
シェリー・ボレルは海賊ギル・セイバーの記憶を得たジェフとガルシーダに戻ったが、復讐するべき相手は自滅して焼却されていた。
だが、凌辱されて公開処刑された憐れな十七歳の少女アレーナはもう戻ってこない。
死んで別の世界で別のものに生まれかわる。
同じ世界とは限らず過去であるとは限らない。
ガルシーダの街を中心とするカラム地方を古くから統治しているのはエルド家である。
ディルバスがいなくなり、帝国が崩壊。海神クトゥルフと火神クトゥグアによって地殻変動を起こした厄災の時代のあと、小国が乱立して群雄割拠の時代となった。やがて大アルギルス王国が樹立されるまで戦乱が続くことになる。
大アルリギス王国が成立する以前より、カラム地方を支配していたエルド家は、智将フェルナンデスとの戦いに敗れ、のちに帰順した一族である。
この一族の家系の歴代当主は女性が受け継ぐのが慣例である。
しかしこの家系は戦においては勇猛果敢な戦士の家系であり、女性であれ強く優れた武芸の達人が当主に選ばれる。
大アルリギス王国の天下統一により、群雄割拠の時代が終わり、百年が経過した現在においてもエルド家の当主は女性であるある伝説が残されている。
エルド家の当主ローラは、フェルナンデスがアルリギスから騎士に叙任される以前に各地を放浪しているまだ在野の士の頃に出会っていたという。
ローラも名家エルド家の当主であることを隠して、遺跡などを探索するトレジャーハンターとして活動していた。
ある遺跡探索でローラとフェルナンデスは手を組み、財宝を発見した。しかしフェルナンデスは分け前はいらないとローラに言った。フェルナンデスは大陸に残る魔法の知識を収集するために遺跡探索をしていたのである。
ローラが見つけた財宝を奪いにきた賊をフェルナンデスは魔法で撃退したという。
僕が魔法を使えることは内緒にしてくれないかとフェルナンデスはローラに言った。
ローラはフェルナンデスに惚れた。
やがて子を授かった。子を連れて一緒に探索の旅をすることはできない。ローラは、フェルナンデスの前から姿を消した。
フェルナンデスが遠征してきた時、ローラと再会する。父と娘で殺し合いをさせるために産んだわけじゃないわ、と娘のエミリアにローラは諌めるように言ったという。
しかし、それを聞いてエミリアはフェルナンデスと戦うことを決意した。
フェルナンデスはローラが孕んだことを知らなかった。エミリアは母ローラを孕ませて捨てた男と誤解したのである。
フェルナンデスに三度ローラの娘エミリアが戦いを挑むが敗れて、フェルナンデスの弟子となることに決めた。フェルナンデスの子はエミリアだけだった。それよりエルド家はフェルナンデスの末裔となった、という伝説である。
フェルナンデスは大アルリギス王国が成立すると神聖騎士団を結成した創始者である。
騎士団の武芸指南役にエミリア・エルドが迎えられ、エルド家の武芸は騎士団に伝えられた。