拾われて飼われました 後編-6
シェリー・ボレルは、ガルシーダの街を裏でまとめているジェフの側近として活動している人物である。ガルシーダの街から離れて、王都クラウガルドの賢者の塔にシェリー・ボレルは来ていた。
九年前にガルシーダの街にナイトゴーントでもバイアクヘーでもない奇妙な妖魔が現れ、街の住民を襲う事件が起きた。
街の守護を任務としていた老シスターが亡くなった。
その後、街の自警団リーダーだった若者ジェフが失踪したことになっている。
ジェフは影を自分の手足のように使える力を手に入れたが、影と闇にのまれてしまったからだった。
ジェフは肉体を失い、精神生命体になって街を闇にまぎれてさまよっていた。
ジェフはシェリー・ボレルが作った魔道薬にまぎれこんだ。それは避妊薬の試作品であった。安全確認のためにシェリー・ボレルは、野良犬の仔犬に魔道薬を餌にまぜて投与した。
仔犬はコボルトに変化した。ジェフはコボルトとなって新たな肉体を獲得した。
ジェフは娼婦たちの虐げられた立場に憤慨して、街に娼婦ギルドを作ろうとシェリー・ボレルを巻き込んで画策していた。だが、その計画は頓挫した。
避妊薬を使っていた街の娼婦たちや客として交わった者たちがコボルト化した。
街で暮らす者たちがコボルト化していく異変の中で、若き女領主の叔父にあたる人物が街に現れた。
それがディルバスであった。
ディルバスは女領主を陥れて別の商人に領主の地位を譲らせた。そして、この異変は女領主が呪われたからだと噂を流し街の人々の前で晒し者にして処刑した。
ディルバスが街の実権を裏工作で握っていく間、ジェフは一日に数時間しか目覚めていない眠りの日々を繰り返していたのである。
その眠りの夢の中で前世の記憶を取り戻していった。
新たな領主がコボルト化した。
ディルバスの陰謀を暴こうとしていた聖騎士たちも、ディルバスか召喚した魔物と化した元領主の館のメイドのメアリーに凌辱されて呪いの刻印を刻まれた。
滅びの島で島の民が欲情の発作を起こした呪いと同じ呪いである。
表向きはコボルトとなった人々も差別なく暮らしている街に見えるが、その内情は最悪であった。
ジェフであった若者は海賊ギル・セイバーだった記憶を取り戻していた。
ジェフはディルバスを倒そうとしたが異世界へ逃げられ、ディルバスの護衛である女怪メアリーと対決。ジェフは力尽きて再び眠りに落ちた。
シェリー・ボレルはジェフを連れて異世界へ逃走した。
ジェフとシェリー・ボレルが異世界からガルシーダの街に戻ったとき、ディルバスは死んでいた。
ジェフはガルシーダの実権を裏で握った。それはシェリー・ボレルの援助なしでは不可能であった。
シェリー・ボレルは王国の貴族名家の令嬢だった。だが、魔道の才に恵まれていた人物でもあった。
ガルシーダの街でひそかに魔道の研究を身分を隠して行っていたが、海賊ギル・セイバーの記憶が戻る前のジェフに弄ばれ、身も心も捧げてしまった。
ジェフの参謀にしてパトロンの才女である。
シェリー・ボレルは元々はレズビアンだった。だが強引にジェフに求められ、性の愉悦に溺れさせられた。
海賊ギル・セイバーの記憶が完全に戻ってからはシェリー・ボレルを弄ぶことはなくなって、男前になり惚れなおしたが、たまにさびしく感じることがあった。
ディルバスの使った魔法陣、つまりアトラク=ナクアの蜘蛛の糸で世界を渡り、負傷したジェフと一緒に土神ツァトゥグアの世界でジェフが回復するまですごしていた。魔道師エイボンや智将フェルナンデス、諸葛亮孔明や役小角などと同様に、シェリー・ボレルは土神ツァトゥグアに魔道の知慧の一端を授けてもらい帰還した。
土神ツァトゥグアは魔道の知識を求める者には寛大な神なのである。
ジェフの元から離れたのは、ガルシーダの領主である美少女に惚れていたが、ディルバスに対抗できずどうすることもできなかったことへの後悔もあった。ガルシーダの街にいるのがつらかったのだ。
ジェフもそれを察して王都クラウガルドに戻って賢者の塔の教授になるというシェリー・ボレルを止めたりはしなかった。
メリル・ストリはセリアーニャや王女エルシーヌではなく賢者の塔で出会ったシェリー・ボレルと意気投合した。
前世では少年魔道師は旅立つ前はダンジョンで暮らしていた。そこに侵入した女盗賊だったが、女怪ラミアと融合させられた。美少年の魔道師ルシャードの護衛として暮らした。
ルシャードに惚れていたので、ルシャードの命令に従い王女を連れて少年が旅にでかけている間ずっとダンジョンを守り続けていたが、なぜかその後の記憶が失われたままなのだ。
「そのダンジョンを見つけ出せれば失われた前世の記憶の部分がわかるかもしれない」
メリル・ストリがシェリー・ボレルに前世の記憶について話をした。
ジェフが前世の記憶を取り戻し、土神ツァトゥグアと一緒に遭遇したシェリー・ボレルはメリル・ストリの話を聞いても、ありえない話だと否定したりうたがったりはしなかった。
シェリー・ボレルは、ディルバスからガルシーダの領主を救うために過去に行く決意をして王都クラウガルドに来ていた。
もし、過去の歴史を変えてしまったらどうなるのか。前世の自分と現在の自分の二人でディルバスと戦えばどうなるのか。
メリル・ストリが過去の世界に渡ろうと考えていると知って、シェリー・ボレルも興味を持った。
ディルバスも過去の世界に渡り、歴史を変えて自分の帝国を築こうとした。その結果、床に焦げ跡だけを残して焼け死んだのだが……。
シェリー・ボレルは土神ツァトゥグアに過去に死んだ者を甦らせる方法はないか泣きながら訴えた。
ガルシーダの街でまだ二十歳にもならない少女が領主として生きて、ディルバスの陰謀により殺害された。
シェリー・ボレルは領主としての人生を選択することもできた。だが、それを放棄してシェリー・ボレルは一生を魔道の研究と恋に捧げることを選んだのである。