逢いたい!-5
何度も足を運び、見たことのあるテレビやソファー、階段の向こうには絆といずみちゃんの部屋がある、彼の自宅。
いずみちゃんから聞いた話は衝撃的だった。絆がおばさん達家族と打ち解け仲良くやっている、何て。息子が苦しんでるのにリハビリ代一つ私が代わりに頼んでも一蹴したあの親が……。冷たく冷え切って関係が溶け出して。
お母さんと買い物を付き合ったり、お父さんに駅まで傘を届けたり、私を習い事から迎えに来たり。そう語るいずみちゃんの表情もとても楽しそうで、瞳を輝かし。
転院したのも本当のようだ、おばさん達が、絆に大切な我が子に生き延びて欲しいと強く願い、ドナー登録に特化した病院へ移り。
ドナー登録、ただでさえ生きてただけでも嬉しいのに、そんな事まで。
だがそれでも状況は変わらない、ドナー登録した所で適合者が見つかる確率は、砂漠で砂金を発見する事に等しい。
確かに、矛盾してるな、生きたいのか、諦めてるのか。
何だかちょっと肩の重みが下りた、憎いと思っていた人が、実はとっても良い人だった…だなんて。
ここまで聞いたら、私は衝動に駆られ、そのままの勢いで加藤君にも訪ねた、すると。
観念したかのように、事実だと述べ、一時期生きる事を諦めて居た事も。伊藤さんもいつの間にか加藤君を吐かせ、共に事情を知る仲となり。
そして、東堂クン、私をここまで駆り立てる種を撒いた張本人。
静寂に包まれた音楽室で、オレンジ色の光が窓から差し込む中、二人っきりで、改めてあの言葉の真意を訪ね。
「……あぁそうさ、絆は生きてる。」
「東堂、クン。」
「あいつ、初対面の俺を、御園サンを通して、夜の公園に呼び出して、そして言ったんだ
彼女をお願いします!って。」
「絆…。」
「深々と、ね、言っちゃあれだが、話を君から聞く限り軟弱そうと思ってたのに。」
「どうしてまた。」
「そりゃー織原サン、君に幸せになって欲しいからに決まってんじゃん。」
「!!」
「俺と君が楽しそうにするのを、密かに見つめ、俺となら君を幸せに出来ると思ったんだろう…。」
「……。」
そこまで誠実に私の幸せを願う彼。そんな彼に心打たれたか、敬意を込めてたった一度したか会った事がない相手を、絆、と下の名前で呼んで。
ならば私の行動は何?そんな頼まれた相手をフッてしまい、終いには口止めしてた相手を次々に吐かせ、真実を知り、会おうとしてる、何て。
次々と彼が私の為に用意した事案を次々に踏み潰して、こんな私が本当に彼と会って良いのだろうか?
そんな私の想いが解ったかのように、床に視線を置く私に、そっと声を掛け。
「君は悪くない、口止めだの会うなだの、それは絆の考えだって…。好きでもない男とは別れるのが一番だろうし。」
「!!」
別れる、そのワードに、急に罪悪感が遡ってきて。
「御免なさいっ!」
「ん?」
気付いたら、頭を下げていた。それに対し彼も根に持って覚えているのだろうが、何も知らないかのような口調。
「頼む!おらを殴ってくれっ!」
「え?」
「東堂クンは私の事、好きだったんでしょ?」
「…そーだな、あんな事したくらいだし。」
「……でも、そんな君を、私はフッた、傷ついたよね?」
「あぁ、幸せが一気に去り、しばらくは抜け殻だったな、夜な夜なベットで泣いたよ、ホントだぜ?」
「なら私が憎いでしょ?殴りなさい。」
「それは…。」
「ホラ!何躊躇ってるの?早くっ!」
そして彼は、言われた通り、私の頬をパーンと叩く。
「っ……。」
「……。」
少しの間が空き、彼は静かに口を開く。
「これで満足?。」
返す言葉もない、自分から提案しておいて。
「確かに憎いよ、人の純粋な心を踏みにじったんだ、君も、そして絆も、二人してね。」
「……。」
言うと思った言葉、解っていたとはいえ心がズキズキする。
「でも、潔く忘れる事にする。」
「え……。」
「君だって、悪気があって、俺を振り回した訳ではないだろ?。あの状況じゃー仕方がなかった、そんな感じだろ。」
「でも…。」
「俺は俺で、一つの区切るをつける!だから君は君で本当に愛した男の元に行けばいい」
「東堂…クン。」
「応援してるよっ!どんな障害が訪れたって挫けるなっ!」
「!!」
私のハートに釘を打ち込むような、真剣な眼差しを添えた言葉。
部屋を出ようとする私の背中に向かって、更に言葉を投げる、
「ありがとう!短い間だったけど楽しかったよ!」
その言葉に心が打たれ。私は振り向く事無く、そのまま彼の元を去り。
私が去った後、静寂に包まれた音楽室で一人、悲しい想いがこみ上げて来て、涙のダムが
一気に流れ顔を真っ赤に染めた事など、知る由もなかった。
私は走る。
どんな時でも、思い描いてきたあの人を。
菫、加藤クン、いずみちゃん、東堂クン、ありがとう。
私は逃げない、彼に会いに行く。
大好きな絆に逢いたいっ!!
次回、21話に続く。