逃亡-8
3
瑞紀の白く繊細な指が、ゆっくりと、ためらいがちにボタンをはずしていく。
「もっとよく見えるように、アップで撮るんだ!」
モニターをのぞき込みながら、緋村が叫んだ。
それに応えるように、瑞紀の正面に据えられたカメラがズームアップする。はだけたブラウスの胸元が大きく映し出された。ブラジャーのレース刺繍の縁取りまでがチラチラを見える。
「あっ!」
モニターの映像を見て、思わず瑞紀は胸元をかき合わせた。
「何してるんだ。早くしろ!」
途端に緋村に怒鳴られ、瑞紀はモニターから視線をそらして、震える指でボタンをはずした。前が徐々にはだけ、まばゆい純白のブラジャーも、柔らかな胸の谷間もはっきりと眺められる。
一番下のボタンをはずし、瑞紀はブラウスの裾をスカートから引っぱり出した。
「ああ…」
しかし、なかなかふんぎりをつけられず、目を閉じ、ピンクの唇からため息を洩らす。ブラウスを取れば、ブラジャーだけの上半身を全国中継されてしまうのだ。
モデル時代やコンテストの時に水着になった経験はある。しかし、衆人環視の中、普通に身につけている下着姿をさらす恥ずかしさは、もともと見せるために作られた水着を見せるのとはわけが違った。
「おい、こっちを見てみろ。」
声をかけられ、瑞紀は緋村を見た。
同時に、テレビカメラも無線を手にした緋村を映し出す。
「おまえが言うことを聞かないとどうなるか、さっき言っただろう。私がこの無線から合図を送ると、仲間が原発を爆破するんだぞ。」
抵抗することはできないのだ。瑞紀は目をきつく閉じて、長い睫毛を屈辱に震わせながら、ブラウスの前を開いた。少女のような顔立ちが、羞恥で紅潮する。
「そうだ、いいぞ。」
緋村は満足そうにうなずいた。再び、テレビは駐車場で衣服を脱ぐ瑞紀の姿を放送する。
とうとう瑞紀はブラウスを脱いだ。なだらかなカーブを描く美しい肩先があらわになり、そこへぴっちり食い込む下着の細いストラップが目にしみる。
ブラウスを脱ぐなり、瑞紀はなんとか視線をさえぎろうと、両手で自分の身体をきつく抱きしめた。優美な肩から背中にかけての曲線が男心をそそる。
「うーん、少し映像に変化が欲しいなあ。」
瑞紀とモニターを見比べながら、緋村がわざと聞こえるように言った。そして、二人を遠巻きにしている報道陣に向かって、手招きした。
「そこのJBCとATVのカメラマン、こっちへ来い。」
社名入りのステッカーを貼った移動式のテレビカメラを担いで、二人のカメラマンが近寄って来た。
「国営放送」とあだ名される特殊法人のJBCと、民放の中でもニュース番組に定評のあるATV、ともにどちらかと言えば硬派と見られ、広い放送網を持っている放送局だ。
「おまえたち、女の至近距離からアップを狙え。」
まるでディレクターか何かのように、カメラマンを指示する。 いつの間にか緋村がこの場の全てを取り仕切っているような雰囲気になっているせいか、二人のカメラマン達は特に逆らう様子もなく、瑞紀の周りでカメラを構えた。一人は鼻ひげを生やした40歳台ぐらいのベテランカメラマン、もう一人は若手だ。
今までとは違ったアングルで瑞紀の顔がアップで映し出される。その顔は今にも泣き出しそうだ。口もとはこわばり、眉間がピクピク痙攣して、澄んだ黒目が潤んでいる。
「よし、次はスカートだ。」
スカートを脱ぐためには両腕を降ろさなければならない。当然、ブラジャーが丸見えになってしまうし、身をかがめた時にバストものぞかれてしまう。しかも、スカートをとれば、本当に下着姿を全国中継されてしまうのだ。
「どうした? ここで全てをおじゃんにしたいのか?」
「わかりました。」
緋村の脅しに、瑞紀は観念した表情で、胸の前で交差させていた両腕をすべりおろした。真横についたスカートのファスナーがさげられ、ホックがはずされる。
そこまで一気にやってのけて、しかし瑞紀はまた躊躇する。呼吸が乱れ、華奢な肩が波打つ。
どうやら自分たちに直接の被害はなさそうだと思ったのか、周囲の民家の窓から、住民たちが身を乗り出して駐車場の様子を覗いている。報道陣の後ろには、野次馬も集まってきているようだ。瑞紀は無数の視線が自分に集まっているのを感じた。
「ほらほら、さっさとしろよ。」
そう言いながら緋村は、瑞紀が恥じらい、ためらう様子を楽しんでいるようであった。
瑞紀はスカートをおろしていった。
冷静な報道よりも彼女の姿を克明に映すことが目的になってしまったのか、カメラマンがチャンスとばかりに、ブラジャーに包まれた豊かなバストをアップで撮影した。
上半身をかがめ、片足ずつあげて足首からスカートを脱ぐ姿が、柔らかな膨らみを見せる胸が、純白のパンティが、二台のテレビカメラによって、前から後ろから撮影される。
「おっ、ATVいいぞ。さすが、核心に迫る報道のATVだ。」
後ろに突き出された丸いお尻がモニターに大きく映し出されるのを見て、緋村がはやし立てる。瑞紀は消え入りたいくらいの恥辱に耐えていた。