小さな魔導師と剣士-3
一同のなかでキュリオと顔を合せたことがないのは唯一カイだけだった。噂に聞く王は剣の腕前、魔術ともに人の域を超越し、現在五人の王の中で第二位の立場にいるという。
五百歳を超えているという彼の姿を想像し、カイの頭の中ではひどい妄想がくりひろげられていた。
扉を開けたガーラントが日の光の降り注ぐ明るい広間を中へと進む。
続けてブラスト教官、その後ろにテトラらが歩き・・・アレスとカイは並んで最後尾をついていく。
足元を見ると自分の姿がうつってしまうほど美しく磨かれた大理石。天井は高く、中でも目を引くのは水晶を散りばめたような見事なシャンデリア。そしてバランスよく配置された高貴な家具たちが趣味の良さをあらわしていた。
「なんだこの部屋・・・すっげぇな・・・」
「う、うん・・・」
カイとアレスはキョロキョロあたりを見回しながら感嘆のため息を零している。
やがて足元に柔らかい感触をおぼえ、目を向けてみると部屋の三分の一を占めるほどの大きな真紅の絨毯が眼下に広がっていた。
「大変お待たせいたしましたキュリオ様」
ガーラントが恭しく一礼すると先程の透き通った若い男の声が返ってくる。
「ガーラント、急がせてすまなかった」
気遣うような柔らかな物言いに、ハッとしたカイが正面にいる背の高い男の顔を見つめた。
「皆、よく集まってくれたね」
ガーラントの後ろに立つ数人の剣士と魔導師をみてキュリオが穏やかに微笑んだ。その微笑みは春のそよ風のようにあたたかく、五百歳を超えているはずなのに二十代半ばにしか見えぬ・・・輝くような美貌を放つ男だった。
「・・・え?あれが王様なのか・・・?」
ボソリと呟いたカイは信じられぬものを見るような目で彼を凝視している。気付いたアレスに肘でつつかれ、"失礼のないようにね"と小声でささやかれた。
「お、おう・・・!」
気合を入れるようにぐっと拳を握りしめ背筋を伸ばす。すると微笑んでいたキュリオの瞳が後方にいるカイをとらえた。
「君は・・・」
見慣れぬ少年の顔にはところどころ傷があり、小さいながらに勇敢さを秘めた真っ直ぐな瞳をキュリオは見逃さない。
「私はキュリオ。君は剣士だね。名前を教えてくれるかな?」
目線を合わせるようにかがんだ彼の髪が絹糸のようにさらさらと揺れている。
そのわずかな動きさえ優雅で美しく気品に溢れていた。
(王様・・・俺のこと見習いだって嫌な顔すると思ってた・・・)
差し出されたキュリオの白く大きな手を見つめ、カイはゆっくりした動作で己の手を近づけていった。そしてその距離がゼロになると・・・
しっかり握りしめられた互いの手。
すると異変を感じたカイはキョロキョロと己の体を見つめた。細胞のひとつひとつが活性化するような、さらに心までもが穏やかに癒されていくような不思議な感覚におそわれる。
「なんだ・・・これ・・・」
よくみてみるとカイの体は淡く光輝いており、剣の鍛錬でついたいくつもの傷が綺麗になくなっている事に気が付く。
カイはキュリオと手を握りしめたまま腕や足、そして顔は見えないため空いたほうの手でペタペタと触っている。
「傷がない・・・」
驚いているカイをみてブラストがニカリと笑った。
「おっ!
よかったなカイ!直々にキュリオ様のお力を注いでいただけるなんて滅多にないことなんだぜ!!」
「力・・・?普通怪我の治療ってもっと時間がかかるんじゃ・・・?」
するとガーラントがニコニコと笑み浮かべてカイの傍に立つ。
「能力の高さというのは高等な技を使えるというだけじゃないんじゃよ。
術が発動するまでの速度、治癒のならばその完治具合も関係する。」
そういうガーラントの言葉に頷いて言葉を発したのは同じ年頃のアレスだった。
「キュリオ様のお力は"ゼロの領域"と言われているんだよカイ」
「・・・ゼロの領域?」
「そう、速度と範囲その魔術の完成度すべてにおいて他に比べるものがないからね」
いつの間にか離れていたキュリオの手。そして彼の姿は先程よりも遠くにある。しかしその姿はとても大きく、"王"とは何なのか・・・説明されずともわかった気がした。
「さて、そろそろ出発しようかのぉ」
話が一区切りついたところでガーラントがキュリオへと向き直った。
「キュリオ様、それではよろしくお願いいたしますのじゃ」
ガーラントの声に頷いたキュリオは部屋の隅に控える家臣の一人に合図を送った。
すると彼は深く一礼し、部屋の奥へと姿を消した。それから程なくして彼は数人の家臣とともに戻ってきた。
「お待たせいたしましたキュリオ様」
彼らは手に使者の外套と、白い布で覆われた細長い何かを持っている。
(あれが加護の灯・・・)
アレスはじっと細長い塊を見つめていた。