拾われて飼われました 前編-6
皇女エルシーヌと従者ジョンは、王都に帰った。その時コボルト領主に「ディルバスという者がいたことは忘れなさい。今夜、私やアルフェスと謁見したことも他言無用。わかったわね」とエルシーヌは言った。
「なんて夜だ……」
コボルト領主は訪問した四人が姿を消すと、ようやく立ち上がり深いため息をついた。
館の侍女たちは皇子と猫人を応接間まで案内した。二人に見惚れていた侍女たちに皇女まで見られていないか心配だった。案内した侍女たちには口止めしておかねばならない。
獣人の国の皇子アルフェス、または傭兵のガーヴィと元聖騎士にして吟遊詩人の「黒猫」セリアー二ャは皇女エルシーヌと若き従者ジョンの法術でディルバスの支配する禁忌の場所に踏み込んだ。
「黒猫ちゃん、アルフェスの触手が見境いなしに悪さをしたら、躊躇しないでアルフェスを置き去りにして帰ってきなさい」
ガーヴィの両手は呪われている。もし制御が失われたらディルバスのテリトリーに封じ込めてしまうことにすると皇女エルシーヌはセリアー二ャにそう言った。
二人は漂流していた。
海原に出た船の甲板にガーヴィとセリアー二ャが現れて、すぐに騒ぎが起きた。
荒くれ船員どもは長旅で退屈していた。そこに無断で船に乗り込んでいた者たちを見つけた。これは制裁を加えて楽しまねばなるまいとリザードマンの船乗りたちが舌なめずりをした。
ガーヴィがディルバスの名を出した途端に船員どもはガーヴィとセリアー二ャにかかってきた。
ガーヴィが船長と腕自慢の船員を五人ほど、左手の手袋を外して海に放り込み、セリアー二ャも手伝い鬼火の幻を呼び出して、リザードマンたちが降参した頃には甲板の上にあった樽は砕け、放り出されていない船乗りたちがかなり倒れていた。
「これ以上、人手がなくなれば船が操縦できなくなるそ、それまてにせんか!」
船乗りたちに一目置かれている老リザードマンが止めなければ、さらに海に船乗りたちは放り出されていたはずである。
「わしらは帝国の船に追われて我らは逃げておったのだよ。不思議な手を持つ男よ、わしらの言葉は通じるのだろう?」
老リザードマンのヤン・キースはこの古い海賊船の航海師なのだった。
船長も海に放り投げて沈めてしまったことを二人か謝罪するとこの老航海師は「それは我らが感謝したいぐらいだ」と笑いながら言った。
「水や食糧の補充に港へ立ち寄るはずだったが、それを帝国の巡察監視船に邪魔されての。残りの水や食糧で航海しておったんだが、船長とお気に入りの連中だけで分けて、わしらにはわずかにしか支給しなかったのでな」
「私たちの分もあるかしら?」
「ああ、お嬢さんが大食いや大酒飲みでなければ一週間は余裕じゃの」
ガーヴィは飲み水がわりの酒が湧き出る水筒がわりの皮袋から、全員の杯にワインを注いだ。
「飲み物はこれでわしらは、お前さんがけちらぬ限りは確保できたわけか。めずらしいものがあるものだ。長生きしているといろいろなものを見るものだな!」
ヤン・キースは上機嫌で言った。
「海図を見ながら説明しよう。お前ら、お嬢さんを見てムラムラしても手を出そうとするなよ。島につくまで我慢するのが船乗りの男ってもんだぞ」
「ジジイはもう勃起しねぇだろ!」
「ふん、勃たなくなってもすけべ心はなくならんさ」
船乗りたちから笑いが起きる。
ヤン・キースは船長室の椅子に座って、船長の机の引き出しから煙草をくすねてふかしながら、ガーヴィに補給のために立ち寄る島を海図を指でトントン叩き示した。
「港から出て船長が三回変わってることになる。帝国の監視挺から攻撃を受けて船長が死んだ。そのあと別の海賊から船を奪われてな。今はあんたが船長になったわけだ。次の目的地はこの島でいいかな?」
「俺は海がわからない、船のことも。ヤン・キース、あんたが船長をやればいい」
ガーヴィはそう言った。
それから五日間、ガーヴィは他の船乗りたちに一緒に作業しながら船の操り方を習い、島を目指した。
「これならどの船に乗り込んでも重宝されるだろう。それに連れのお嬢さんも海図をもう書ける。二人とも海賊にならんか?」
ヤン・キースは二人の物覚えのよさにしきりと感動していた。
「ジジイ船長、島が見えたぞっ!」
「よし、速度を落とせ!」
「オウ!」
リザードマンたちが威勢の良い返事をして、それぞれの役割をこなしていく。
セリアー二ャがそれを見つめて「みんな、すごくカッコイイよっ!」と声をかけた。
「当たり前だ、惚れるなよ!」
誰かが声を上げると全員で笑った。
ヤン・キースは途中で嵐に遭遇しなかった幸運を海と空に感謝した。
「船乗りの神は海と空だ。こいつに逆らっちゃ生きては行けぬ、我ら海賊。男の中の男だぜ。港にゃ、愛しい女たちが待ってるぜ!」
「待ってるぜ!!」
陽気な海賊たちの歌を、セリアー二ャはさやかに歌って聴かせた。ガーヴィもセリアー二ャの歌声を聴きながら潮風の匂いやまぶしい日射しを思い出していた。
潮流に乗っている船を帆柱がしなるほど、帆に風をはらませて船を島に近づけるためにずらしていく。
汗だくになりながらも船乗りたちは懸命に作業を続けて、船底が珊瑚礁に軽く乗り上げた瞬間に、喚声が上がった。
ヤン・キースを先頭に波打ち際を全員で歩いた。あまり大きな島ではない。中央に山があり、山のふもとから海岸にかけて街が遠目に見えている。
街に行けば酒場も娼館もある、とリザードマンの船乗りたちが足取りも軽く、疲れているはずだが走り出しそうな勢いで街を目指していた。
「何かおかしいぞ」
ヤン・キースが街に近づいて以前に来たときにくらべて、ひっそりしているのに気がついた。
どこかから見張っていたものだろう、一群の兵士たちが走ってきて船乗りたちをとりまいた。
ヤン・キースが船の食糧や水の補充に立ち寄った事情を説明し終える前に、押しつつんで引っ立て始めた。
「くそっ、船が焼かれた!」