杏を頼む-3
「長谷川君っ!?」
先ほどより若干重くなったケースを手に、背後から聞き覚えのある声を耳にする。
「やっぱり、やっぱりそうだ。」
息を切らし僕の元へ地面を蹴り駆け寄り、幽霊でも見るような目で僕に視線を向け。
「御園…サン。」
正直人には会いたくなかった、大事な美術道具を持って行ったらそのまま退散するつもり
だった、死んだ人間が再び姿を現したら誰だって驚く。
部室では幸い後輩達と遭遇せずに済んだ、とはいえ僕の画材道具が消えていれば直ぐに異変に気付くでしょうが。
故に彼女とこうして出くわすのはバツが悪い事この上ない。
「どうしたの?」と聞かれ、「道具を取りに来ただけ」と軽く返し、それから少しの間が空いた所で、本題を口にする。
「貴方、死んだんじゃなかったの?」
「そうだけど、教会で息を吹き返してくれて。」
「……。」
某国民的大人気ロールプレイングゲーム的な冗談を申して見たが、「ふざけないで」と言う吊り上がった瞳を見て反省し。
杏の親友である御園サンが本当の事を知らない…、この分だといずみは僕のお願いを果たしてくれたようだ。
正直ホントの事を話したくない、ダガこうして出くわし適当なウソを言って逃げ切る…何て、彼女の真剣な顔、今まで杏をどれだけ心配してくれた事を思うと、白状するしかないと踏み。
杏と最期の旅行を終え、その後地元の病院で死刑執行を待つ囚人のように入院し、その後
病死した、のではなく家族に暖かく支えられ見守られ転院し、そこでドナーを待ち生きる
希望を抱いている事を話し。
「……。」
空いた口が閉じれないでいる御園サン、すると。
「どうして…。」
「えっ?」
「なんでその事をあの子に話さないのっ!?」
キッと僕を睨み、強い口調で言い放つ。
「それは……。」
「会ってあげて…。」
「えっ?」
「杏に会ってあげてっ!あの子私達の前では明るく振舞ってるけど、実際には悲しんでるのよっ!寂しくて悲しくてどーしょうもなくて!」
「それは解ってる!…でも仕方がないんだ!こうするしか、彼女を…。」
言われると、いや問い詰められると思った…。
「何が!ただ普通に会ってあげれば良いダケでしょう!?さぁ早くあの子ならまだ…。」
「それじゃー意味がないんだっ!」
「えっ?」
強引に彼女の元へ行かせようとする腕を払いのけ、反論する。
「今更会ってどうするのさっ!」
「どうって、だって彼女は…。」
「確かに君の言う事は最もだ、今すぐにでも彼女に会って、そして抱きしめてあげたい。そうすれば彼女は一気に心労が飛び去る事だろう。」
「だったらぁっ!」
「けどさ、その後どうするの?」
「その後?」
「君だって忘れた訳では無いでしょう?僕の命は…もう僅かだって事は。」
「そりゃそうだけど…。」
「僕といて散々幸せや温もりを味わい、それから死んだら?病室に僕が居ないとかそんな
憶測ではなく完全な別れとなったら。」
「……。」
「彼女の大好きな絆は死んだ、いや死に顔を拝んだ訳でもないし、もしかしたら転院して
ひょっとしたら何処かで生きてるかも…。そう思っていた方が断然良い、僕との幸せな時間を散々味わってまともに永遠の別れを、感じたら、そしたら…そしたら杏は、もう。」
瞳が熱くなってきた、声も震えてきて。
もしそうなれば彼女はもう二度と立ち直れない、ただでさえ僕のせいで大好きな笑顔を壊してきて、それでも僕何かを好きでいてくれて、自力で弱り切った足を奮い立たせるように立ち直ってきたといういうのに。
杏が如何に僕を愛してくれているのか、リハビリ代を稼ぐ為に場違いな援助交際に手を染めたり、本当は心配で心配で仕方がなく、色々してあげたい気持ちを必死に抑えたり。
僕が天国へ行き、滝のように号泣し、花かどうかも判らない程黒く干からびた向日葵のように明るさも生気も失った彼女を頭に浮かべ、限り少ないいずれ滅びるであろう笑みが消え失せるのを待つ続ける…何て耐えられない。
「………。」
僕の勢った正論に言葉を失う御園さん、しかし。
「どっちなの?」
「え?」
「貴方は生きたいの?それとも死んでも別にいいの?」
「なっ、何言ってんだ、そりゃー生きたいに決まってるでしょう!だからドナー登録を」
「生きたいんだよね?なら死んで別れる事何てないでしょう?なら…。」
ハッと瞳を見開く、言葉と行動が矛盾しているような…でも。
「確かに大人になっても普通に生き続けたい、でも、そんな保証どこにも。」
生きる願望を抱き、家族に支えられドナー登録を待つ、一遍すると希望に満ち溢れている
話…。でも実際は厳しい、心臓を提供してくれるっていう登録者は少なく、適合者なんて
砂漠で砂金を探すくらいごく僅か、つまり極めて助かる確率は低い。
生きたい割に適合者が見つからないと諦める、全く持って正反対の意志。
「杏に全て打ち明けよう、そして共に奇跡を信じよう、そうすれば…。」
「簡単に言わないでくれ!もし話して彼女がショックを受け立ち直れなかったら、信じても結局見つからなかったら、僕はあの世で永遠に自分を恨み続ける。」
「長谷川…君。」
「小心者って思ってるでしょう、でも、恐いんだ、彼女の笑顔が僕のせいでこの先ずっと
消え続ける…、そう思うと。」
「……。」
言いたい事は全て話し、石像のように膠着する御園サンを見て、どうやら質問は以上と見て軽く挨拶をし、ある程度は納得したと挨拶を返してくれ、彼女に背を向ける。
御園サンは言わないだろう、態々口止め何か頼まなくても、きっと…。