Tデパート-5
「こういう研修をうけた女どもがわんさか入社してくんねんで?最高の環境やろ!」
「……しかし、そんなに都合よくいくものなんでしょうか……」
正直、その洗脳とやらの効果がどれほどのものなのか、見当がつかなかった。
「もちろん、実績があるからこそやろうとしてんねん」
「──実績?」
信じがたいことだが、実際こういう新人研修を取り入れている企業が、今日本には数多くあるという。
もちろんそれは高橋のような卑猥な目的ではなく、会社という組織が、新人をより扱いやすいコマに作り変えるための手段として使われているのだ。
これは世界的に見ても非常に珍しいことらしい。こういった洗脳教育のおかげで、日本は離職率、転職率が低く、優秀なサラリーマンが多く育つという。
「今年からTデパートでもこの洗脳研修をやるつもりや。それもどこもやったことがないくらいとびっきりキツイやつや。その方面の教育機関にも手は打ってある」
現在Tデパートの新入社員研修は、エリアごとに店舗を決め、そこに数日間新人を集めて行っている。その内容は基本のあいさつ訓練や簡単なオリエンテーションだけで、もちろん合宿という形式もとっていない。
新入社員研修は人事部の管轄だ。
高橋は、人事部長という立場を最大限に利用し、新入社員たちを自分の性欲を満たすためのオモチャにしようとしているのだ。
「そらもちろん、洗脳したからと言うて誰にでも女を言いなりに出来るもんとはちゃうと思うで?せやからワシはあんたをわざわざリメイクミシンから引っ張ってきたんや。いや、あんたがいたからこそ、この洗脳教育を思いついたと言ったほうがええかもしれん」
「そのために……俺を……」
「そうや、なんせあんたのテクと、女に対する冷酷さは並はずれとるさかいな」
まさか──高橋が俺にやってもらいたい仕事と言っていたのは、このことだったのか──。
そのことは俺に強いショックを与えた。
高橋に一人の男としての仕事ぶりを認められてTデパートに引き抜かれたのだと思っていたのに。
今まで自分を支えてきた自信がポッキリと折れてしまったような気がして、頭が真っ白になった。
「不満か?」
高橋は薄い笑いを浮かべながら、見透かしたような目で俺をじっと見た。
俺が返す言葉を失ったままうつむいていると、高橋はフンと鼻を鳴らし、俺の前に拡げてあった女の履歴書をサッと取り上げた。
「──ほな、残念やけどここまでやな。今日限りTデパートはやめたらええ。またあのリメイクミシンに戻って、縫い子でもなんでもやったらええがな」
「……えっ……」
今さら俺に、リメイクミシンに戻れというのか。
これまでほとんど無条件に俺を受け入れ、寵愛してきた高橋の突然の冷ややかな言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
見捨てられる──。
幼い頃に見た、母の痣だらけの姿が突然脳裏に蘇った。
「ワシがあんたを引き抜いたんは、これをやってもらいたかったからや。出来へんと言うなら、ここにいてもらう理由はないわ」
高橋という存在、そしてTデパートのフロア主任というポジションを失うということは、俺にとって人生そのものを失うのと同じことだった。
動揺する俺に、高橋が更に揺さぶりをかける。
「──ただしやってくれるというんなら、あんたの待遇はワシが保証するし、それを利用して好きなように仕事をやってもらうぶんには一向にかまへんで」
俺にはもはや、選択肢などないも同然だった。
俺は簡単に高橋の手のひらの上で転がされ、自らの人生も、魂さえも、完全に高橋に操られていた。
「──わかりました」
何か恐ろしいものに導かれるように、俺はそう言った。
「その代わり、もし何か面倒が起きそうになった時には──よろしくお願いします」
顔を上げると、高橋の顔にはいつもの優しい笑顔が戻っていた。
「そう言うてくれると信じとったわ。まあまかしとき。もしなんかあったとしても、人事部長のワシが全部責任とったるさかい」
自信に満ち溢れた高橋の顔は、頼もしいようでもあり、ひどく下品なようにも見えた。
「前の女は結構長いこと遊んで飽きたさかい、うんと若うてウブな新しい女が 欲しいねん」
「そうなんですか……」
なんとなく気が重く、俺は上の空で高橋の話を聞いていた。
「前の女はな、ここの女将に面倒みてもらうことにしたんや。あんたもよう知ってる女やけどな」
「……えっ……」
意味がわからず、俺はぼんやりと顔をあげた。
「知ってるやろ?──麻理や」