僕をソノ気にさせる-40
「……」
「でもね、杏奈。……たぶん、世の中の殆どの人は、昨日に私が言ったことと同じことを言うよ」
「……わかった」
杏奈は外へ出た。親友への情愛や自己嫌悪や、様々な思いがない交ぜになって、また涙腺が緩みそうになるのに堪えながら、駅までの道を歩いていった。
自分の部屋に着いたら既に昼を少し越えていた。特に何か用事があるわけではない。いずれにしてもこの顔では外に出れない。杏奈は途中のドラッグストアで買った温熱のアイマスクをかけて、目を閉じてじっとしていた。
瞼を閉じるとすぐに優也のことが思い出される。病気だ、本当に。
(あと二日……)
明けて来週になれば、また優也に会える。瑞穂にあれだけ泣かされて、自分のことを真剣に考えてくれた瑞穂に迷惑をかけておきながら、それでも優也のことをどうしても考えてしまう。
少し想像すれば、優也の唇や舌、指の感触を思い出せた。肌の手触りも、畢竟の証の未成熟な匂いもだ。壁にもたれてベッドに伸ばしていた脚を折り、膝頭に額をついて顔を埋めた。合わせた太ももの間に手を入れて、ストレッチのタイトスカートを指だけで手繰り上げていく。脚の付け根まで裾を引き寄せると、狭間へ指を入れた。膝を屈して座ったためにせり出している柔らかな丘に爪先を這わせると、触れた瞬間に腰が震える。指で撫でると入口に接したクロッチは既に夥しい雫が染みているのが分かった。もう一方の手でドルマンブラウスを捲り、キャミソールの中にまで忍ばせて自分自身を抱きしめる。優也の指を思い出しながら脇腹や胸元へ指を這わせると、堪らなくなった体が収縮し、声が出るほど指先に蜜が溢れてきた。
昼間から部屋で一人、遥かに年下の男の子のことを想ってこんなことをしている。自分の二の腕に唇を押し当てて、下着に指を押し込んで敏感に震えている突起を弾きながら、会いたいと声に出して言うと、にわかに体の奥が動いて雫が溢れだしてきた。私は病気だ。中毒だ。杏奈は頭の中で繰り返し、両手をスカートの中に入れてショーツを脚から抜き取り始めた。
湿り気で捻じれるショーツを片足の膝から抜いたところで、突然、テーブルの上の携帯が震えだして驚いた。アイマスクを取ると、見知らぬ電話番号だった。杏奈は暫く眺めていたが、唾液を飲んで興奮に乱れていた呼吸を整え、電話に出た。
「もしもし……」
「あ、須藤先生。私です。久我山です」
電話の先から祖母の声が聞こえてきて驚愕した。見られているわけではないのに座り直し、乱れた髪を手櫛で整えて、
「あ、はいっ……。須藤です。こんにちはっ……」
声がかすれてしまう。
「ごめんなさい、突然お電話してしまって。先生、お休みなのに……。今、お忙しいですか?」
「いえ、大丈夫です……。家にいますから」
家で自慰を行っていた。祖母が大事にしている優也を想って。正座した杏奈は、まだ抜き取られていないショーツが膝に捩れて丸まっているのが見えて、祖母の声をとてつもなく心疚しく聞いていた。
「あの、もしご迷惑でなければ、お会いしたいなと思いまして、先生に」
「……あ、はぁ」
「今、用がありまして麻布に出てきておりますの。先生のご自宅が近かったかと思いまして、もし……よければ、お茶にでもお誘いしたくて。ご迷惑でなければ、ですが」
「あ、はい。あの……」
何だろう。もちろん、断ることもできるのだろう。
「ごめんなさいね、年寄りがワガママ言ってしまって。もし、お忙しくなければ、で、構いませんのよ」
「わかりました」
時計を見て、「少し……、待っていただけますか」
杏奈は祖母の誘いを承諾した。わざわざ麻布まで出てきた祖母の誘いを断るわけにはいかない。
「……よろしいんですか? 私もあと少しだけ、用事がありますから、一時間くらいはかかります。ごゆっくりでよいですよ。私、待ちますから」
「はい、それくらいなら大丈夫です。どちらへお伺いすれば良いでしょうか」
祖母は携帯を持っていない。この電話も、恐らくは用件先の電話を借りてかけているのだろう。祖母は麻布十番駅近くの和喫茶の名と、おおよその場所を告げた。杏奈の家からは駅を挟んで反対側だったが、充分歩いていける場所だった。
電話を終えたあと、杏奈はシャワーを浴びるため、淫らになった下着は見ないようにして着ていた服を全て脱いだ。バスルームの鏡で確認した、まだ引いていない瞼の腫れをメイクでごまかす。横浜で買った丈の長い方のスカートに、なるべく清楚なブラウスを合わせた。そして未遂に終わった自慰の贖罪しに行くような気持ちで外に出た。
祖母の言った店には四十分後くらいに着いた。約束からはまだ時間があるが、周囲には他に時間を潰せるような場所もなく、暖簾をくぐって中に入った。茶屋は広くはないが、座席数をそれ以上に減らしているためゆったりとしていた。迎えた店員に声をかけようとしたら、
「須藤様ですか?」
と先に聞かれた。