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僕をソノ気にさせる
【教師 官能小説】

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僕をソノ気にさせる-39

「したなら何よ? 好きだって言って、したいって言ってくれてる子に、させてあげたらいけないのっ!」
 杏奈は誰にも言ってこなかった独占欲を、最もよく知る瑞穂に見事に言い当てられて、「大好きな私でして欲しいって、気持ちよくなって欲しいって思うよ! 普通思うよっ……。……ねえ、瑞穂? そう思ったらいけないの? 何でダメだって言うの……、もうやだ……」
「あんたさー……」
 杏奈を完全に打ちのめすわけにはいかなかった。瑞穂はかぶりを振る杏奈に触れ、髪を梳いて優しく撫でた。「街に連れて行ってあげてさ、優くんに他の女、ちゃんと見せてあげたの? 優くんさ、あんたの知らない女に、あんたの知らないところで会ったことあんの? それでも優くんがあんたに、『好きだ』って言うなら、何でもさせてあげりゃいいじゃん。……無人島に住ませて、あんたしか性欲の対象の女がいない所でさ、『誰が好き?』って聞いたら、そりゃ優くんの答えは決まってるでしょ?」
 杏奈は頭を撫でられながら、ベッドに顔を押し付けても漏れ出す大声で震えていた。
「あんたのやってることはね、金払ってヤッちまう淫行よりタチ悪いよ」





 チャイムを鳴らして暫く待つと、横開きの扉がカラカラと開いた。
「よう……。来てくれたんだ」
「……呼んだのは先輩ですよね」
 呼称も敬語も戻した杏奈は冷徹な目でかつての恋人を見ていた。すこし痩せた気がする。起きてから顔を洗っただけなのか、髪は無造作のままに髭が点々と口周りに見えた。
「そうだな。……もしかしたら来ねぇのかと思ってたからよ」
「……お休みですか?」
 杏奈はジャージ姿を眺めた。「仕事」
「ああ。ま、夏休み、忙しくて全部取れてなかったから、ちょうどいいさ」
「……出入り禁止じゃなかったんですか?」
「何で知ってんの? ……あ、婆ちゃんか。お前にバラすなんてひでぇなぁ、婆ちゃん」
 舌打ちのあと自嘲を浮かべる智樹の背後、半分開いた扉の向こうに廊下が見えた。杏奈の目線に気づいた智樹が、
「入るか?」
 と言った。
「そのために来たんですから」
「……そうだよな」
 杏奈はパンプスを脱いで玄関に上がり、振り返って膝を折って履く時の向きに揃えなおした。一人暮らしが長くなるとつい忘れがちな行為を、家庭教師に来る時はいつも祖母の目があったから忘れないようにしていた。身を返して歩む先を見つめる。この廊下を歩くのは今日で最後だ。そしてその奥にある、あのドアをくぐるのも。
 ひとしきり泣いて、そのまま眠りに落ちたらしい。気がつくと瑞穂の膝の上に頭を乗せて抱きかかえられていた。杏奈が起きだしたのに気づいて瑞穂も目を覚ました。杏奈は緩慢な動きで立ち上がり、顔を洗い、着替えた。メイクをしている間もお互い何も言わなかった。鏡に映る自分は瞼が腫れて、化粧では繕えないほど酷い顔をしていた。その間、瑞穂はテーブルの灰皿から吸い殻に火をつけて何本も吸って杏奈を見ていた。タバコの箱は、昨晩の間に疾に空になっていた。
「帰る」
 全ての支度を済ませると、瑞穂の目も見ずに玄関に向かった。
「ね、杏奈」
 背中に呼びかけられる。杏奈は振り返らずに、
「何? 昨日あんだけ泣かしたんだから、朝から泣かそうとしないで」
 と言った。
「泣かさないよ。……気づいてると思うけど、あんた、帰りの電車の中でなるべく顔見せないようにしな? すっごいブッサイクな顔になってるよ」
「誰のせいよ。……言っとくけど」
 振り返り、タバコを消している瑞穂に向かって、「……こんな顔でも、きっと優くんは好きだって言うよ」
 そう言うと、瑞穂は苦笑して「病気だなもう」と呟いた。
 瑞穂に否定されればされるほど、頑なになっているのが自分でもわかる。出会って数カ月の優也のために、二十年近くの友達を失ってしまうのかと思うと悲しくなった。昨日の瑞穂の言葉は、言った当人が他ならぬ親友の瑞穂であるだけに、一層強い現実感を持って杏奈に響いていた。瑞穂の言っていることは、恐らくは正しい。正しいが、受け入れることはできない。杏奈が口に出して言わないことまで指摘をして、甘えた願望を一笑して、存在を隠そうとしていた邪心を望んでいなかった表まで抉り出してきたのだ。瑞穂にはとても勇気がある。自分のそんな汚泥に足を踏み入れてくれて、手を取って引き出してくれようとしたのだ。しかし自分はその手を振り払った。親友よりも優也を選ぼうとしている。
「……杏奈。きっと羨ましいんだよ」
「誰が?」
「わたし」
 瑞穂は下着姿のまま立ち上がり、両手を上げ、つま先立ちで大きく伸びをした。「……っと。私、あいつにそこまでにはなってないからなぁ、……病気。杏奈がかかってるほどにはね。……私、あいつとしか付き合ったことないじゃん? んで、このまま結婚しちゃう。だからこの先、杏奈みたいにおかしくなるほど誰かを好きになっちゃう、なんて経験できないんだな、ってね。……妬んでたのかもね」


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