修羅場の後始末-9
『どういうことだ?』
「私の知り合いが、S組の構成員に拉致られました。私が今その人を救出したところです。私はS組やH会と揉めるつもりはありませんが、実行した者を許すつもりもありません」
『オレにどうしろと?』
「あなたはここに居るS組の次期若頭に命じていただくだけでいい。『こいつの言う通りにしろ』と」
少しの間をおいて、相手の声が聞こえてきた。
『わかった。そいつと代わってくれ』
「はい、少しお待ち下さい」
星司は離れた場所から田代に近づくと、持っていた携帯電話を田代の耳に充てた。
「な、何だ、一体誰に電話をしてるんだ」
訳のわからない田代は、星司に向かって怒鳴った。
『静かにしねえか』
田代の怒鳴り声を、電話口から聞こえるしわがれた声が制した。
「誰だてめえ、誰に向かって言ってるんだ?」
電話の相手が、自分と敵対する勢力だと思い込んでいた田代が応じた。
『鬼頭だ。お前が若頭だって?龍二は倅に口の聞き方も教えねえのか』
「鬼頭だあ?どこの鬼頭か知らねえが、親分の名前を呼び捨てにしやがって、許せねえ」
『じゃかましい!クスガキがっ!龍二は上部団体の総長の名前も教えてねえのか!』
S組の上部団体であるH会総長の怒鳴り声を聞いて、田代は一瞬で血の気が引いた。
星司がスタジオに入り、田代が入ってくる少しの合間に、S組とその上部団体のH会について、陽子に問い合わせていた。その返信にS組の概略と、この番号が記載されていた。S組の概略は田代の頭に浮かんだ情報と被っていたが、この電話番号はこの場を収めるには有り難かった。
「そ、総長…き、鬼頭総長、どうして…」
一瞬絶句した田代が、雲の上の存在に対して、見えもしないのにペコペコと何度も頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした!」
語尾が震える田代に鬼頭が言った。
『まあいい、小者に怒っても仕方が無い』
「あ、ありがとうございます。ですが総長がどうして…」
『どうしてだと?たく、オレに向かって詮索するとは、龍二の躾はどうなってやがるんだ』
「も、申し訳ありません」
田代の背筋がピンと伸びた。
『いいか、この男の言う通りにしろ。オレの要件はそれだけだ』
「で、ですが、こいつはS組を蔑ろにしてるんですよ。それを許したら、引いてはH会を蔑ろにする事になりませんか」
相手が総長であっても、目の前で弟分を甚振られた田代は止まらなかった。
『ばかやろう!お前がこの稼業を続けたかったら、いや、日本に住んでいたかったら黙ってろ!』
「ひっ!」
初めて触れた総長の罵声に、田代は今までに無いほどに恐怖を味わった。
『わかったのか』
「は、はい!」
田代が甲高い声で答えた。