想いを言葉にかえられなくても《アラベクス》-7
「あ、赤津先生!」
恭介の奥さんの声に振り向くと、少し年のいった男性が頭を下げていた。
聞けば、赤津先生は籠崎龍奏の大学時代の恩師で、二年前に赤津先生が育児休暇をとった際、籠崎龍奏が頼まれて教鞭をとったらしい。
「今日、赤津先生は指揮を振らないんですか?」
「今日は山形に任せてあるんだ。それに、あいつが編曲した曲だしな。」
そんな繋がりかぁ…と考えていると、ポンッと右肩を叩かれた。
「いよっ、お待たせ」
ぜぇぜぇと息を切らして恭介が現れた。
と、言う事は……
「後、十分で開演だ。暗幕を下げろ。紫乃、校内放送を始めてくれ。」
籠崎龍奏の声により緊張が走る。
息を整え、確かめる様に恭介がピアノを弾き始めた。
「卒業生の皆さん!第二体育館に集合して下さいっ!」
校内放送が響く。スタンバイをする全員が緊張と興奮に包まれている。
「お前だけだぞ」
籠崎龍奏がピアノを弾く恭介に声を掛ける。
「自分の卒業式なのに送る側になって演奏するのは。」
「ははっ。そうッスねぇ。」
話をしながらも、その指が奏でる旋律は止まる事を知らない。
ふと音が止むと、程なくして、ガヤガヤと人がざわめきながら入って来た。……いよいよだ。
「じゃ、行くぞ。楽しもうな」
小声で籠崎龍奏が…いつもの自信に満ちた声で言う。
誰もがコクリと頷くと、片手を上げ…1、2、3…のリズムでトランペットを指さした。
………………
ざわめきが広がる体育館に勢いのあるトランペットが、高らからに音を響かせた。開演を知らせる合図。一気に幕が開き、ライトが眩しく灯される。
沸き上がる熱気と興奮。跳ね上がる心臓。全てを押さえ付けて音楽に集中する。恭介のピアノが滑らかに始まる。
群衆に紛れる影はサッパリ解らないが、俺の声を届けたくて…必死で歌った。
誰でもない、たった一人の苺に。
『どんなに月日が流れても
どんなにかたちがかわっても
いつまでも変わらない
君は昔と変わる事無く
甘酸っぱいまま
抱き締めたら
強く強く触ったら
簡単に潰れてしまうけれど
君は笑って言うんだ
「あたしは何もかわらない」って
そう、君はいつまでも甘酸っぱいまま
僕のStrawberry
ぎゅっと抱き締めて僕だけのものだと言って
甘酸っぱいStrawberry
唇からしたたるその雫さえも愛しい
ねぇ君は覚えてる?
僕がこんなに愛してる事を
僕がこんなに欲しがってる事を
もう二度と放さない
この手から放さない
君は今でも甘酸っぱい
僕だけのStrawberry』
歌いながら懸命に探すと、小さい身体が押し合いに負けて後方に弾かれていた。
呆然と俺を見つめる瞳からは涙が溢れていた。そして歌い終わる前に…体育館から逃げる様に去っていった。