10.知らずに上がった舞台-2
「だいたい、ポリが何でお前の店来るんだよ。お前の店、違法丸出しだから、ヤバいんじゃねえの?」
「さぁ……。まあ、一人で客としてくるだけだしなぁ。相手した女に聞いたって、結構マグロで本番とか要求しないらしいしな。金払って何度も来るし、プライベートでも俺に見られるくらい油断してんだから、内偵とかそういうのじゃないんじゃん」
「気をつけろよ。……俺の時はいきなしポリ大量に来たしな」
「気をつけようがねぇよ。どっちにしろ店は開けないと殺されるしなぁ」
村本の姿を眺めながら会話している途中で、二人の言葉が止まった。目線の先では、ビルの間からスタイル抜群のミニスカートの女が出てきて、振り返って待つ村本へ歩み寄っていく。サングラスで顔はつぶさには分からないが、相当なレベルの女だということは遠目でも分かった。
「……同伴か? めちゃキレイな姉ちゃんじゃん」
「同伴ってあんな感じか?」
健介が顎で指し示した先では、具体的な内容は聞こえてこないが、二言三言交わしたあと、村本がその高い位置にある腰に手を回して抱き寄せるようにして歩き始める。
「あんな感じだろ。じゃなけりゃ、デリだ」
「にしても、あんだけのレベルのデリ嬢とかいたらメチャ有名になんだろ? 五反田でそんなの聞いたことねえぜ」
「つーか、お前、五反田の風俗嬢全員知ってるわけじゃないだろ」
竜二はタバコを吸いながらだったので、少し噎せながら笑った。
「……若干、金のニオイしねぇ?」
健介のほうは笑わずに、遠ざかっていく二人の後ろ姿を見ている。違法風俗店に警察官が来る。このことはあまり不思議なことだとは思わなかった。警察官だって性欲はあるし、村本は違法風俗嬢に対し警察官であることを盾に過剰なサービスを迫ったりしてくるわけではない。相手をした風俗嬢からクレームが上がることもなく、他の客の民度に比べたら極めて良客だった。それに、この界隈で村本を見かけることにも特に違和感はない。自分の店に来るくらいだから、他の風俗を利用していても不思議ではないからだ。健介が引っかかったのは相手の女の様子である。商売で会っているにしては憮然としすぎているし、腰に手を回された時には一瞬身をよじって拒絶をした上に、歩く後ろ姿も抱き寄せられながら何とか距離を置こうとしている。金をもらって相手をしている割には、不本意さを隠していないのだ。だいたい、女はなぜあんなビルの隙間から現れたのか。
「あのポリから巻き上げるか? 違法風俗利用すんのはマズいっしょ、って。……200も持ってんのかよ、アイツ」
竜二はよくわかっていないようだった。本来取り立てにきたキャバ嬢の行方をつきとめるのは、ほぼ絶望的といってよく、上納の期限まで時間が迫っているから、あまり無駄足をするわけにもいかない。だが健介は二人の様子に何かしらの「不都合さ」を感じ、うまくすれば何か宝が見つかるかもしれない、こちらの方に賭けてみる価値があるのかもしれない、と直感していた。
「まあ、ちょっとつけてみようぜ」
たった一回の射精を街中の死角ではなく、悠花と二人きりになるまで我慢すれば村本は自分を知る者に見咎められるようなことはなかった。慢心が招いた結果だったが、悠花に身を寄せ心地よい香水の香りと掌から伝わる麗しい肉体の感触に酔いながら歩く村本はまだ幸福の余韻の中にいた。悠花の口を犯した達成感と、射精の開放感、そして更にこれから悠花を使って快楽を追求することができるという期待で、周囲に対して甚だ鈍感になっている。以前に風俗目的で訪れた五反田の街、この雑多な人間が行き交う街を、悠花とデートしている様を見せつけながら、有名芸能人となった悠花が正体が露呈すまいかと困惑する姿を眺めながら練り歩き、周囲の視線に優越感を感じたあとに、またあのアパートへ向かって思う存分悠花の体を楽しむつもりだった。だが、久しぶりに会った悠花のあまりの優美に欲情を抑えることができず、予定外の口淫を強いた上に、一刻も早く二人きりになって悠花を思う存分犯したくて、五反田内でラブホテルを探していた。急遽の予定変更を悠花は知る由もなかったが、村本はまるで悠花を予定通りの場所にいざなうかのように導きながら、その実躍起になって最終目的地を探していたのだった。