凶王と側近兄弟の千日秘話-1
ウルジュラーンの凶王と名高いシャラフ王には、幼少期から共に育ってきた、両翼とも言うべき二人の側近兄弟がいる。
兄のスィルはシャラフと同年である。
繊細な細面の顔だちと絹糸のような真直ぐの黒髪は、女性が嫉妬すると言われるほどだ。しかし、もちろん側近とは外見で勤まるものではない。
歴史、経済から土木建築まで幅広い知識をもち、常に冷静沈着で、むやみと感情を表さない有能な青年だ。
一方で、二歳下の弟カルンは、兄とは対照的に、陽気さを絵に描いたような青年だ。
小麦色の肌と黒髪は兄と同じ色でも、たくましい引き締まった長身で、硬質な髪はシャラフと同じほど短く刈られている。
知の面では兄に遠く及ばないものの、早くから類稀な剣の才覚を発揮し、今ではウルジュラーン建国以来の剣士と言われるほどの武人だ。
この二人のどちらを失くしても、凶王の即位はなかったと囁かれている。
何よりも、それを最初に口にしたのが、当のシャラフ本人だ。
以下は、ナリーファが後宮入りをしてからの千日間。
シャラフと側近兄弟の日記を一部、極秘に抜粋したものである。
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*一夜目(シャラフ)*
最悪だ。また後宮に女が贈られてきた。
はっきり言って、何十人もの女を後宮に囲うような余裕も趣味も、俺には無い。後宮のことを考えただけで、頭痛が酷くなる。
死ぬほど疲れて眠いのに、床に入っても眠れない。目を閉じると浮んでくるのは、過去の嫌な思い出ばかりだ。
俺には兄弟が十人もいたのに、その誰一人とも、何一つとして良い思い出がない。
昔から俺の味方は、母上と乳兄弟のスィルとカルンだけだった。
それもこれも全部、王の異母兄弟は全て処刑されるなんていう狂った伝統のせいだ。
死者を悪く言うのは無礼でも、これだけは断言させてもらう。この国の王位継承制度を考えたヤツは、この世に存在した人間の中で一番のクソ野朗だ。
忌々しいこの制度は、俺の代を最後に廃止してみせる。だがそれにはまず、統率者としての功績をあげて見せ、伝統を覆すだけの力をつけなければ。
悔しいが、今の俺はまだ、評判だけが一人歩きしているヒヨッコだ。反感を持つ大臣も多いし、気を抜けば即座に足元をすくわれる。
だから、女にうつつを抜かしていられるか! 適当に部屋を与えて放っておく!
……と、言ったら、せめて一度くらいは顔を合わせたほうが良いと、スィルに説教された。いつもながら、スィルの言いかたはやんわりしているのに、説得力がある。
はぁ……確かに、贈られてきたのは、辺境の弱小国とはいえ仮にも王女だ。まるきり無視するのもまずいだろう。
いかに弱者と見えても、侮ると足元を掬われることもある。
俺の場合は、兄たちを相手に足を掬ったが、今度は俺が掬われないとも限らんからな。
贈られた第八王女の名前は、ナリーファといったか……とにかく顔だけでも見ておこう。
*二夜目(カルン)*
今日の陛下は、やけに機嫌が良かったな。久しぶりによく眠れたと言っていた。言われて見れば、目の周りの隈が薄くなってる。
確か昨夜は、新しく後宮に贈られてきた姫の寝所で過ごしたはずだ。辺境国ミラブジャリードの第八王女だったか?
陛下はナリーファさまが相当に気に入ったらしい。今晩も彼女の所に行くそうだ。
へー意外。後宮に姫君が贈られてくるたびに激怒していたし、今回も最初は顔も見たくないって駄々こねてたくせに。よっぽど相性が良かったのか?
とにかく、陛下の重症な不眠症が解消されたならいい。
薬も利かないし、普通ならとっくに身体を壊してるって。ホント、化物並の生命力だからな。
今夜は寝所の見張りには、俺が着いていく。
兄貴に冗談で、聞き耳たてるような野暮はしませんって言ったら、むしろ扉にかじりついて様子を伺えと。
やだ兄貴、そういう悪趣味があった!?
……冗談なのに、辞書で殴られた。
兄貴の冷静沈着は、外面だけだもんなぁ……。
ま、兄貴の心配は解ったよ。大人しそうに見せる腹黒狡猾女なんて、腐るほどいるもんな。俺だって、宮殿の女の戦いを見て育ったから、女性不審スレスレだ。
兄貴はナリーファさまが、何か陛下にしたんじゃないかって疑ってる。
わかるよ。最近までの陛下は、本気で体力気力に限界が来てたし、人間弱ってる時には漬け込まれやすいもんなぁ。
了解! ばっちり聞き耳たててくるぜ!
――翌朝。
兄貴、報告だ!
所々しか聞えなかったけど、ナリーファさまのお話は、面白かった。ついでにあの二人、健全な関係っぽいぞ。以上!
っちょ……ふざけてねぇって! 本当だって!