凶王と側近兄弟の千日秘話-3
* 六十五夜目(スィル)*
ようやく会議も終りました。
寝不足陛下は、見事に屍となっております。枕が代わると眠れないんだと、昨夜も切々と訴えられました。おかげでこちらも寝不足です。
来年の会議には枕……もとい、ナリーファさまを連れてきた方が良いんじゃないでしょうか。
目の周りの隈で、陛下の人相がいつもの五割増に悪くなっております。
ナリーファさまの異母兄である、ミラブジャリードの王子にお会いしましたが、陛下の形相に恐れ慄いたのか、終始逃げ回っておりました。シャラフさまにとって義兄となるので、挨拶をしようとしただけなのですが……。
かの国では、まだ王子のお父上が在位中ですが、足を傷めてしまったので、代理出席だそうです。
結局、王子とはろくにお話はできませんでしたが、器も肝も小さい男だというのは、十分に理解できました。
しかし気になりますね。ミラブジャリード国には、ナリーファさまを正妃として迎える旨を通達いたしましたが、使者が祝いと礼の手紙を持ってきただけでした。
少しくらい、何か強請られるものと思っていたのですが……。
それに、僕とカルンは陛下のお言付けなどで、ナリーファさまとお話する機会がよくありますが、どうやら彼女は、故郷にあまり良い思い出がないようです。
これは少し、調べてみる必要があるかもしれませんね。
* 九十八夜目(カルン)*
ミラブジャリードに送った諜者が戻ってきた。
あーぁ、やっぱり。ナリーファ様は、あっちの正妃からいびられまくってたのか。どうりで召使にまで、異様に気を使ってるるわけだ。
下女扱いするなんてわかりやすい苛めじゃなくて、ネチネチと精神的に追い詰める系だったらしい。会議にいた第一王子も、母親の正妃と一緒にえげつないことしてたそうだ。
そりゃ、シャラフ様を見た途端に逃げるよなぁ。あの凶王が、ナリーファさまへ異常に執着してるって噂(事実だけど)は、今じゃ砂漠中に広まってる。
自分が苛めまくっていた異母妹が、故郷で受けた仕打ちを凶王に告げ口していたらと、ビクついてたわけだ。
ナリーファさまに、こっそりと報告書の真偽を聞いたら、最初は誤魔化そうとしていたけど、しぶしぶ認めた。
ただし、陛下に黙っていたのは、異母兄や正妃への怒りが無かったからじゃないらしい。
「……私はそれほど心の広い人間ではありません。ですが、もう何を言っても、過ぎた時間は取り戻せない。それなら陛下にお聞かせするのは、つまらない身の上話ではなく、楽しめるお話にしたいだけのです」
そう言ったナリーファさまへ、俺の好感度は格段に上がったね。
当たりまえだけど、恋愛感情じゃなくて人間的な好意だ。
兄貴と相談して、シャラフさまへの報告はかなり薄めることにした。
ここに書いてあることをそのまま伝えたら、あの人はミラブジャリードに単騎で攻め込んで、正妃と王子の首を斬りかねない。
* 百夜目(シャラフ)*
ナリーファと会ってから、百回目の夜だ。
いつもと同じように膝で寝物語を聞く。今夜はミラブジャリードに伝わるお伽話らしい。
なぜか今夜は、あまり物語が頭に入ってこない。彼女が故郷で、家族とあまり上手く行っていなかったらしいとの報告を、昼に聞いたせいだろうか。
どうしても話に集中できなかったから、身を起した。すぐ傍にナリーファの顔がある。寝所でこんなに緊張したのは初めてかもしれない。
すべすべしていそうな頬に触れたくなった。艶やかな髪にも、もっと他にも。
俺はナリーファを抱いても……良いんだよな?
だが、抱きしめようとしたら、泣きそうな表情で、後ろに身を引かれてしまった。
……気まずい。ちょっと急かしすぎただろうか?
ナリーファに嫌われたかと思ったら血の気が引いた。
すぐに寝転んで話の続きをしろと誤魔化すと、ナリーファはまたおずおずと近寄ってきた。
今日はさすがに寝られず、適当な所で寝たふりだ。ナリーファは朝までずっと起きて、傍にいてくれた。
指先が少しだけ、俺の手にずっと触れていた。
* 百六十四夜目(カルン)*
陛下が寝所からご機嫌で出てきた。ついにやったかと思ったら、一冊の本を渡された。
「ナリーファから貰った」
あー、はいはい。ナリーファさまから初めての贈り物ですかー。そりゃ、ニヤけちゃいますよねー。
本の中身は、ナリーファさまの書いた創作物語で、陛下が会議や戦闘で長期遠征している間に、少しずつ書いたと渡されたらしい。
どれも陛下に聞かせた物語らしいけど、休憩時間に読ませてもらったら、これがまた面白いんだ。
ところで肉体的な関係の方に、少しは発展があったのかと聞いたら、真っ赤な顔して怒られた。
昨日も手は握れたって……未だにそこ止まりかよ!
ナリーファ様、厳しいな!