凶王と側近兄弟の千日秘話-2
* 四夜目(スィル)*
カルンの報告に耳を疑いましたが、陛下にお尋ねしたところ、やはりナリーファ様の寝所では純粋に眠っているだけで、身体の関係は持っていないそうです。
肝心のナリーファ様は何をやっているかと言えば、シャラフさまに寝物語を聞かせて寝かしつけて、自分は一晩中起きているそうです。
「一緒に眠れば良いと言ったんだが、ナリーファは遠慮していてな……」
そう言った陛下は、やたらにデレデレとニヤケていました。
―― あんた、初恋を語る少年ですか。
カルンも表情からして、内心で僕と同じ事を突っ込んだようです。
しかし、これは良い兆候だと、カルンは言います。
シャラフさまは幼い頃に、可愛がっていた猫を異母兄に殺されてから、他人と私的な距離を縮めるのを、極端に拒むようになりました。
宮殿に飼われている動物も、決して個別の名ではなく「オス虎その1」とか「一番若いメス象」などとしか呼ばず、特定の女性とまともな恋愛などもってのほかという態度。
僕たち兄弟は、幼少期からすでにシャラフさまと命運を共にしてきましたし、いざとなれば自力で身を守れるよう鍛錬しております。
そうでなければ、陛下は僕たちとすら距離を置いたでしょう。
そんな疲れきっていた陛下の心に、思いもかけずナリーファ様が入り込んでしまったのでしょうね。
見かけどおりの内気で大人しい女性らしく、心配したような悪女ではなさそうですが、もう少しは様子を見ましょう。
* 十夜目(スィル)*
後宮にいた女性たちの降嫁先が、ようやく全て決まりました。
陛下の命により、一人一人に満足の行く降嫁先をということで、なかなか大変でした。あ〜、肩が辛い。
そもそも、生物を贈り物にするという感覚が、僕には理解しがたいです。相手の迷惑を露ほども考えていないのでしょうか。
ここには後宮入りの女性だけでなく、洋の東西から珍しい生物も頻繁に送られてきます。
宮殿の一角はすでに珍獣動物園状態です。適切な知識を持つ飼育係を探すのにも一苦労です。
だいったい! 砂漠の国にペンギンを贈ってこられたって困るんです!!
贅沢好きの我が侭女は、ペンギン百羽よりも困ります!!
国同士の贈り物を無下にすることもできないんですから! 民の血税を舐めているんですか!!
ふぅ……とにかく、後宮から国費を大量に食い潰す女たちが消えましたので、水路の工事に予算をもっと回せます。
これで後宮に残ったのはナリーファさま一人ですし、彼女はあまり宝飾品などにも興味を持たないようです。
シャラフさまが欲しいものはと聞いたら、悩んだ末に本を所望されたとのことでした。
大変結構。本でしたら、宮殿の図書館にいくらでもあります。
陛下はもっと早くに、後宮の女性を一掃したがっていましたが、弱っていた身体では最優先の政務をこなすのが精一杯で、なかなか実行に至れませんでしたからね。
不眠症が解消されて、陛下はすっかり鋭気を取り戻されました。おかげで滞っていた案件も大方が片付き、大変にありがたいことです。
そして陛下は今夜も、安眠の元たるナリーファさまの寝所で過ごすでしょう。とても健全に添い寝だけというのも続行中のようです。
明日には、ナリーファさまを正妃として正式に発表できますので、二人の関係にも少しは変化ができるかもしれませんが。
* 三十夜目(カルン)*
し、信じられねぇ。
寝所から出てきた陛下が、めちゃくちゃ嬉しそうにニヤついていた。ついに手ぇだしたのかと思って聞いたら。
「出したぞ。ナリーファの手を握った」……って。
はああ!!?? シャラフさま、それ違っ!! 手ぇ出すの意味、違う!!
動揺のあまり、思わずガキの頃みたいな口調になっちまった。
さすがに公式ではまずいけど、陛下は別に怒らない。だから俺は続けて聞いたんだ。
―― まさか、実は今までの夜伽を全て回避してて、未だに童貞だったとか……?
……痛ぇ。思いっきり殴られた。そんなわけねーか。
よく考えたら、王族の男子は全員、そっちの教育も受けさせられてたしな。
* 五十二夜目(シャラフ)*
ナリーファの膝は落ち着く。心の底から安らげる。
しかし残念だが、明日からしばらくナリーファに会えない。
来週の国際会議に向けて、明日の早朝には出立だ。砂漠の国が全て集まるこの会議は、各国の持ち回りで毎年に開かれる。
漂盗の被害や貿易に関して、延々と会議が続くわけで……それはともかく、ナリーファを残していくのが心配で仕方ない。
できれば一緒に連れて行きたいが、今年の会議が開催されるのは、かなり遠い国だ。あまり体力のないナリーファに無理はさせたくない。道中は砂嵐や漂盗も多いしな。
俺の外出中は、部屋から絶対に出るなと言っておいた。食べ物も、その場で毒見されたもの以外は、絶対に口にするなと硬く命じた。
ナリーファの警備を十倍にしておく。
……帰還して、大事な相手の躯に迎えられるのは、もう二度と嫌だ。