日常-2
一人で本を読みながら過ごした飲み屋ですでに泥酔していた緑川は、電車内に人がまばらなのを見て、背広の内ポケットからあたかもハンカチを取り出すように、少女の下着を取り出して嗅いだ。女の汚れはもう乾いた焼き菓子のように変わっていた。
朦朧とする頭でそれを鼻に押し付けていたところへ、例の少女が乗ってきて、緑川を認め、となりに腰掛けた。日はまだ沈みきっていなかった。少女は手提げ袋を持っていた。緑川は、気づかれたと思ったが、少女がにこやかに緑川を見つめていることから、ハンカチとごまかせることを確信し、それをポケットに戻した。
降りるはずの駅で少女は降りず、緑川の下車する駅まで付き添い、一緒に降りて歩いた。何を話したかは忘れてしまったが、少女の深い緑の瞳が心を打った。少女の顔色はよくなく、ときどき腹を押さえていた。
駅から緑川のアパートまでは二十分くらいであった。その途中、少女が激しい腹痛を訴えた。トイレに行きたいと言い、額に脂汗が浮かんでいた。緑川は少女とともに夢のような意識の中で走った。そしてアパートのドアを開けた。
入るとすぐ、急に立ち尽くした少女のいやという声がして、少女は手で顔を覆った。緑川は台所のタオルを手に取った。
トイレで少女の腹痛が収まるまで、緑川は間近に世話し、風呂場で少女を洗ってやったようだが、意識がはっきりした時に外はもう明るくなっていた。緑川は背中から少女を抱く形で横向きに寝ていた。
宿酔の緑川は、布団をはねあげて立ち、少女を見た。枕の向こうに少女の吐いた跡があった。緑川の無理な大人の行為のせいだろう。緑川は少女を足で仰向けに転がした。大の字になった少女の平たい下腹を踏んでみると、眉にしわを寄せた少女はああと声を上げた。温かなものが緑川の足にかかった。
この時、緑川の自我は涼風のような自由を感じ、生きている喜びに溢れかえった。
次に目が覚めたとき、少女のその生きている印の中に横たわった緑川は、動かぬ体を一点の意識で動かし、欠勤の電話を入れた。その時に少女のいないのを認識することすらできなかった。