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名前を忘れられた女に
【その他 官能小説】

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名前を忘れられた女に/蛇と苺 他-2

【名前を忘れられた女に】

「二十歳がひとの年齢で一番美しい年齢だなどと誰にも言わせまい」
とポール・ニザンは処女作の小説で書いている。
僕が気に入っているのはこのあとに続く部分なんだ。
「一歩足を踏み出せば、一切が若者をダメにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人の仲間に入ることも、世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知るのは辛いことだ」
もちろん気に入らない部分もある。
「怒りを向けよ、きみらを怒らせた者どもに。自分の悪を逃れようとするな。悪の原因をつきとめ、それを破壊せよ」
「三十歳以上を信用するな」
破壊せよ、
とポール・ニザンは書いた。
簡単に言うと続きがあるということだ。
ポール・ニザンがこの『アデン・アラビア』を書いた時は、二十六歳だった。三十歳まで、あと四年。

夜中の二時に酔っぱらった女がいびきをかいて、口からよだれをたらして僕の枕カバーを濡らして寝ているけれど、名前が聞いたはずなのに思い出せない。
二十六歳の僕はそういうのに色気とか、キスしてた時にはやたら熱かった肌が冷たくなって、脆く抱きしめてみたくなったりはしなかった。
床に丸まって落ちているストッキングが、今すぐ目を離したら動いて逃げ出しそうだと思った。いびきを止めてやると鼻を摘まんで、うるさいと寝ている女に、怒っていたんだ。
口が開いていびきが止まると頭をかきながら、シングルベットの上で脱ぎっぱなしのパンツを手探りでつかんだ。水着をはくみたいにはいてトイレに行く。
かなり酒臭い濃い色の小便を見て、わずかにあった眠気が逃げていく。
床にあぐらをかいて、カーテンの隙間から入ってきた月明かりで、テーブルの上の灰皿や煙草とライターを
見つけて煙草をくわえる。
煙を吐き出しながら寝返りを打って背中を向けている女の背中を見て、マン・レイの「アングルのヴァイオリン」という写真を思い出した。
煙草の吸殻を灰皿に押しつけてから、パイプベットを軋ませて、女に添い寝するように寝場所を確保する。僕は女の背中を指先で撫でるようにさわってみた。
体の向きを変えて女が目を閉じたまま、抱きついてきて唇が笑っている。
僕が仰向けになりじっとしていると、女が肩と胸の間の脇の下の上に頭をのせてくる。寝心地のよさげな体の部分を見つけて、猫が体をすりよせてくるような感じで、体を密着させてくる。
「ねぇ……」
僕は酩酊していて服を脱ぐと女より先にベットで寝てしまったらしい。シャワー浴びてくる間に僕が寝ていたので女は隣で寝ることにしたというわけだ。
僕はてっきりこの拾ったノラ猫のような女とセックスしたものだと思っていた。
僕が背中をさわってから愛撫してこないので、女は誘うつもりで肌をすりよせてみたというわけだ。
この頃の僕は縛りかたを知らなかった。挿入して薄いミルクみたいな精液を出すだけでそれなりに叙情的な儀式ではあったわけだ。
足の爪までマニキュアを塗った名前を僕に忘れられた女が鳴き声を上げるように、また「寝ちゃったの?」と声をかけてくる。
緊張をほぐす親しげな声音で女は話しかけて、僕の役割がファルスであることを要求してくる。

あたしを通り過ぎてもいいよ。
あたしを使ってオナニーしてもいいよ。
あたしをきもちよくしてくれてもいいよ。

破壊せよ、
ポール・ニザンは書いた。
名前を忘れられた女には叙情的なセックスなんて、めんどくさいだけなのかもしれない。
さあ、目に見えない戒律の石板を打ち砕こう!
僕は舌だけでなくて唇全体でクリトリスをねぶりまわした。顔を擦りつけるように左右に揺すぶりながら唇でついばむ。口のまわりに水の奔流がへばりついてくるのも我慢して、クリトリスを中心にみずみずしい破裂音をさせて吸い上げた。
唇を離すたびに、ぶるっぶるっぶるるっと、薔薇の花が雪のなかで燃えるように揺れる。
薔薇の花、開花した部分、その部分、あの部分、股の間、泉や池や湖なんていうのもある。讃美歌を歌うように礼讚するならオートマティスムか風景描写がジャズの即興演奏やスキャットの陳列。
Jazz and Freedom go hand in hand.
リリックども、ワックは消えろ!
逃げちゃダメだ、踏みとどまるんだ。僕は表現ってやつの恐怖を乗り越える今できることをする。苦しいのかうれしいのか僕はよくわからないまま、僕は言葉の群れに立ち向かった。
充血してせりだしたクリトリスも唇の先で、言葉を放出し、同時に吸収してなまなましい。
おびただしい数のその大群も、分断していけば、見慣れた雑誌やニュースで使われる語彙とかわらないものだった。

僕は見者になっていた。

名前を聞いたが忘れてしまった女のオーガズムが始まり余韻と息の乱れが落ち着いた頃には僕の戦いは終結
していた。おだやかに腰をくねらせる女の乳房に手をのばし揉みしだき、唇は自然に笑っていた。
僕は何の脈絡もなくこの出来事を思い出すにしても、他の思い出やすでに失われた過去の絶頂、見えないが肌に感じる風のようなものにすり変わっているかもしれないと思った。

きみの快感を想像しながら、言葉の炸裂に僕自身が散らばってしまう瞬間に、きみを縛りながら言葉ではないきみを感じて、僕は見者から、ファルスになる。

「ねぇ、もう……」
僕は唇を手の甲でぬぐうと、女の上にかぶさってベットを軋ませた。女は腰をくねらせる。汗が流れる。女がしがみついてくる。僕は射精する。


※ポール・ニザン「アデン・アラビア」から引用
※戒律の石板。モーゼの十戒「姦淫してはならない」
※「ジャズと自由は手をつないでいく」セロニアス・モンク
※ワック(wack)ヒップホップ用語で格好だけの偽物を批判するときのけなし言葉。
※見者(ヴォワイヤン)フランス十九世紀後半の象徴主義という文学運動で詩人A・ランボオが確立した詩法および観念。


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