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名前を忘れられた女に
【その他 官能小説】

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名前を忘れられた女に/蛇と苺 他-3

【birthday】

誕生日だと嘘をつくと、
彼は苺のショートケーキを買って部屋に帰ってきた。
嘘だと言い出せなくなってしまった
「ロウソクは一本でいいよな」
部屋の明かりを消して揺れる火を歌って吹き消す直前に彼が名前を忘れていると判明した
窓からケーキを捨ててやろうかと思った。
形而上の誕生日
形而上の名前
形而上の思い出
嘘を上手につくには
99%の事実に1%の嘘の割合。
ケーキの火を吹き消した。
泣きながらケーキを食べた。
本当の誕生日はもういらない。
名前なんてもういらない。
一緒にケーキを食べようという人がいれば
結婚してみる?
男が驚いて私の顔を鳩みたいな顔で見ていた

【永遠の謎】

危機は少年の属性である
少年のなめらかな皮膚の上には
未成熟な体のラインがあり  三月の
夜の海岸のうえには
三日月がある

 三月は終わりがない書物のように
 少年の手は成熟した乳房を撫でる
 少年の目は潤んだ目を監視する
 少年の耳は絶頂の果ての沈黙を聴く

欠落は少年の属性である
少年の心臓に流れる血には
あらゆるものを殺戮する残忍さと 三月の
桜の花びら舞う風の
みずみずしすぎる世界への憎悪がある

 物語とは繰り返される言語の帝国
 露骨ではしたないからから輝く肯定
 性のやみがたさは女たちの声が導く
 少年は夭折する

嘘だ、みんなことごとく嘘だ
アブジェクションとなった少年は永遠の謎

※「嘘だ、みんな、ことごとく嘘だ」中上健次の小説『一番初めの出来事』より引用
※「アブジェクション」はもともと精神分析の用語。主客未分化の状態にある幼児が、自身と融合した状態にある母親を「おぞましいもの」として棄却することを意味する。ここでは、深い悲しみの対象のこと。

【butterfly】

葬儀が終わった。
遺影の陽気な幼女の笑顔が向日葵のように
ママ、みてみてみて
ママ、どうしたの
ママ、ばいばい
体から焼かれて煙として空に翔ぶ

蛹が蝶になるように
幼女の意識は青空へ上っていく
舞うように旋回しながらゆっくりと

今日はとてもいい天気
昨日までの雨が嘘のように晴れて
そよ風がカーテンを揺らします
さっき遠くから鳥のきれいな声が聞こえました
お薬が効いていてベットの上で
ママは海の中のあなたの大好きなイルカみたいに
リラックスしてこの手紙を書いています
そっちはどうかしら?
まず残念なニュース。
言いにくいんだけどパパとまた喧嘩して
ママはそっちに行きたくて
病院の屋上の金網をのぼっていて
入院してる知らないおじいさんにパンツ見られて
合掌して、ありがたやありがたやと言われました
恥ずかしくて くやしくて
病室のベットで何回も枕を叩いちゃって看護婦さんにおこられてしまいました
そうそう、あなたの好きだった枇杷の実をパパが買ってきてママにむいてくれました
こんなこと言ってもあなたにはわからないかもしれないけど、枇杷の実の匂いと味が口にひろがったとき、しばらく泣いちゃってお薬を飲みました
あなたの匂いが思い出せない
もう三年になりますね
本当なら小学生にもうすぐなりますよね
そっちに小学校はあるのかしら
疲れたからママは少し寝ることにしますね
またね

【男と二人で】

男がうなだれて話すのを聞いていた
奥さんが自分が誰かわからなくなって
男のことをパパと呼ぶようになった
現在、奥さんは入院中

ぢから、ずるい私は
男に妊娠したと言わなかった
黙って海に沈めるように
堕胎してしまう予定だ

奥さんのことが私は怖かった
スピード違反してるとき、おまわりさんが怖い
古い神社とか廃墟のホテルで幽霊が怖い
私は、男を手放せない私がとても怖い

奥さんが
ときどき娘さんになりながら
男と二人で
私を縛っていて
私がうっとりしている夢をみて
笑ってしまっていたらしい
隣で寝ていた男を起こしてしまった







 



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