熱砂の凶王と眠りたくない王妃さま-1
灼熱の砂丘が連なる広大な砂漠。
この不毛の地にも、所々にオアシスという命の源があり、そこに寄り添う国がいくつも点在する。
それらの中で一際大きく、砂漠の実質的な支配者が、ウルジュラーン王国だ。
現在の王はシャラフという。苛烈で気性の激しい男と知られる若き王は、六年前に異母兄たちを押しのけて即位した時から、熱砂の凶王と、砂漠にその悪名をとどろかせていた。
しかし、凶王を恐れながらも、小国の王や家臣たちは、こぞって自分の娘や縁戚を、彼の後宮へと寵姫に送りだす。
砂漠の辺境にある小国の王女ナリーファも、その一人だった。
彼女が後宮の門をくぐってから、今夜は千と一回目の夜。
唐草模様の両開きの扉が、拳で力強く叩かれた……。
***
「陛下……?」
いつもと変わらずに、後宮の最奥にあるこの寝所を訪れたシャラフに、ナリーファはうろたえる。
シャラフは当年とって25歳。ナリーファより4つ歳上である。
引き締まった無駄のない長身で、いかにも砂漠の民らしい褐色の肌をしている。しかし、ツンツンと逆立つほど短く刈った髪は、砂色のサンディブロンド。鷹のように鋭い双眸は深緑色と、この国では二つともあまり見ない色だ。
これは彼の母が、遠い西から連れてこられた肌の白い女奴隷だったからである。
ウルジュラーンの宮殿には五十を越す部屋を備えた後宮があり、王の寵姫たちが一生を過ごす鳥籠となっていた。
シュラフの母も前王に見初められて、後宮に部屋をもらったそうだ。
「どうした? 俺が来たのが、そんなに驚くことか」
青年国王はいぶかしげに目を細めた。
そんな表情をすると、ただでさえ物騒な人相が余計に危険さを帯び、今にも目の前のナリーファを斬り殺しそうに見える。
「い、いえ……」
本当は十分に驚いたのだが、ナリーファはとっさに首をふる。
子供の時から内気な性質で、相手に強く出られると、反射的に身をすくめて従ってしまうのだ。
ナリーファの母も、やはり身分が低く、更には早くに死に別れて、正妃にずっと陰湿な苛めを受けており、強者への服従は魂にまで染み付いていた。
ナリーファの肌は、砂漠の民にしては色の薄い淡褐色。黒曜石の瞳と黒絹の髪を持ち、卵型の愛くるしい顔立ちには、清廉でおとなしやかな性格がにじみ出ている。
華奢な身体は、少し強い風が吹けば飛んでしまいそうだ。
「なら、いい」
シャラフは鷹揚に頷くと、勝手知ったる寝所へとズカズカ入る。
宮殿の中にも外にも、彼の敵は覆いと聞くのに、護衛にはいつも、二人いる側近青年のどちらかを連れているだけだ。
シャラフ自身も腰帯に剣を下げているが、涼しげな白の室内着姿でターバンも外し、まるで気負っては見えない。
これが強者の余裕なのかと、ナリーファは羨ましいを通り越して、ひたすら感心する。
有利な異母兄弟を相手に、凄まじい王位争奪戦を自力で勝ちあがったシャラフと、ひたすら正妃の顔色を伺って息を潜め、ついには故国から追い払われたナリーファ。
二人は産まれの境遇こそ、ほんの少し似ているけれど、とことん真逆の人種だ。
扉の外で待機する側近が一礼し、シャラフは扉を閉める。
彼は上靴を脱ぎ捨てて、広い寝台へゴロンと横たわった。
片側に積まれたビロードのクッションから、適当なものを掴み取ってもたれ、くつろぎ始める。
ナリーファに与えられた部屋はとても広く豪華だ。
鳥や花の模様を織り込んだ絨毯に、乳白色の大理石で作られた調度品。真紅のカーテンはほとんどいつも閉めてあるが、あければ噴水と花壇の美しい庭が一望できる。
王の訪れる寝室の他に、続き部屋として客間と書斎、専用の食堂に浴室までもあった。
おかげで後宮の外どころか、この部屋から一歩も出なくても暮らしていける。