試合結果と共に-2
麻衣の動きがピタリと止まった。ワナワナと震えながら振り返った麻衣は、凄い形相をしていた。我が娘ながら恐ろしかった。
麻衣は自転車を止めると、そのままつかつかとグランドの中の私に歩み寄った。そして私の横に置いていたボールに足を乗せると、その足を後ろに引いてボールを自分に向かって転がした。足はその勢いのまま素早く地面に付けると、爪先の上に転がり込んだボールを器用に浮かせて、リフティングを始めた。
上手かった。
「どれだけできるか見せて」
麻衣はツンツンしながらも、浮き上がったボールを私に向かってポンと軽く蹴り上げた。
突然の事に驚いた私は、なんとか太ももでトラップしたが、次が続かずボールは横に弾かれ転がっていった。
「下手くそ」
麻衣は転がるボールに走り寄り、その場でさっきと同じようにリフティングを始めると、リフティングをしたまま私に近寄ってきた。
「もう一回」
再び蹴られたボールもなんとか受ける事ができた。しかし、後が続かない。
「ホント下手くそ」
麻衣が吐き捨てた。そんな麻衣の肩を知美がポンと叩いた。
「だから練習するんでしょ。さあ、麻衣のお父さん、今日も頑張りましょう」
知美がそこに居る事で、なんとか場は納まった。私は知美に感謝した。
「昨日ね、ワンバンドリフティングの練習してたのよ。それで良かったかな」
「いいんじゃない。下手なんだから」
「ですって。じゃあ、麻衣のお父さん、今日もそれを練習してね」
こうして昨日とは違う意味で、ぎこちない練習が始まった。
麻衣は始めに私を詰った以降は知美に付きっきりで、私には一向に助言する事は無かった。
時たま私に声を掛けるのは知美だった。
「あっ、続けられると思ったらノーバンを入れてもいいのよ」
私の方から2人に助言を聞く事もなく、そのまま時間は過ぎていった。そんな親子間の気まずい空気が流れる中で私の携帯電話が鳴った。
画面を見ると、会社からだった。ホッと息を付いて直ぐに通話ボタンを押した。得意先から問い合わせが有ったそうで、内容を聞けば私にしか対応できない事だった。
普段小うるさい得意先に、何故だか少しだけ感謝した。
「すまん、会社に戻らないといけない」
私は2人に声を掛けると、そのまま上着とボールを手に持ち、振り返る事無く小走りで車に向かった。
乗り込んだ車の始動スイッチを入れてから、ようやく2人を見た。手を振る知美の表情は楽しげに見えたが、無表情の麻衣が何を思っているのかは読み取れなかった。
会社に着くと、手元の資料を見ながら得意先に電話をした。なんとか仕事をこなして、23時に帰宅した。
直ぐに風呂場に向かい、入念にマッサージをしながら今日の事を思い返した。
もっと上手く対応できなかったのか…
反省してみるが後の祭りだった。
風呂から出て、遅い食事を摂りながら妻に聞いた。
「麻衣、何か言ってなかったか?」
「何かって何よ。いつもの通りよ」
今日の出来事は、妻には言ってないようだった。
「食べたら浸けといてね」
妻は明日も早いからと言って、私の食事が終わるのを待たずに寝室に戻っていった。