お満の特別稽古-1
第壱四ノ章【お満の特別稽古】
「ああ、美味しかったあ。おばさん、ごちそうさまでした」
おぼろげな記憶を頼りに、三田屋に寄って豆餅を3つ食べたお満の腹は満たされた。
「はい、お粗末さまでした。これから道場で稽古かい?」
「えっ?稽古って?」
「だってそんな恰好してるじゃないか。やっとうの稽古じゃないのかい。女だてらに凄いね」
三田屋の女主人が、お満の恰好を指差した。
「あっ、大変!お稽古の途中だった。急がなくっちゃ!」
そう叫んだお満は、神社ではなく、道場へと足を向けて小走りで駈けだした。豆餅にすっかり満足したお満は、特別稽古の事をすっかり忘れていて、印象の強かった素振りの事のみを思い浮かべていた。
因みに瓶之真に指示された稽古は【神社で参拝】【三笠屋の饅頭を食べる】【中村一座の芝居を見る】の三つだが、間違えて三田屋に寄ったお満は、まだ一つも終わっていない。それはそれで三つ以外で時間を使うことは、瓶之真には歓迎するところだったが、他を忘れてこのまま道場に帰ってくるのは歓迎しない。
「ああん、だめえ」
しかし、駈けだした途端、お満は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
一方道場内では、いつも以上に瓶之真の檄が飛んでいた。
「気合を入れぬか――!」
道場の壁を袋竹刀でバーンと幾度も叩いた。その都度ピリリとしていた竿之介の腕も中々上がらなくなっていた。腕の下がった竿之介に向かって、袋竹刀を振り上げた途端、瓶之真は突如として胸騒ぎを覚えた。
「むむむっ」
剣の修行で研ぎ澄まされた感覚が為せる技だった。瓶之真は自身の感覚の命ずるままに、その場を離れて道場を抜け出ると、お満が向かった神社の方に手をかざして遠目に見た。
すると瓶之真の鋭利な感覚が示す通り、神社に居るはずのお満が、顔を上気させながら走ってくる姿が目に入った。
辻に行きかう老若男女は、通り過ぎるお満を例外なく振り返った。お満にそれだけ華が有るということだが、それだけでは無かった。お満の走る姿が人目を引いていたのだ。
体の前に交差させた手を稽古着の胸元から差し入れ、その手で豊かな胸を覆いながら、喘ぐような吐息を零して駈けていたのだ。
「はあん、はあん、はあん」
その姿を見た辻の男達は一斉に、前屈みの姿勢になった。勿論それは瓶之真も例外ではない。駈けてきたお満が目の前に立った時には瓶之真も勃っていた。瓶之真は心もち前屈みの姿勢でお満を迎えたが、お満の上気した表情を見て、更に前屈みな姿勢を取らざるをえなくなった。
「お、お満」
「はあ、はあ、せ、先生、はあん、はあん」
瓶之真の声を聞いたお満がへなへなとその場にしゃがみ込んだ。自然とお満の胸元の谷間が瓶之真の上からの視線に晒された。
「おおおお!」
瓶之真は喜んだ。しかしせっかくのその好機を享受し続ける事は叶わなかった。何故ならそれによって瓶之真のイチモツが、お満の目の高さで更に大きくせり上がったからだ。
通りには大勢の人の目が有った。ましてや、道場の前には顔馴染みのご隠居や八公、熊公が居る。瓶之真の鋭利な感覚は、その者達が一斉に視線を向けているのを感じとった。
慌てた瓶之真は、皆の視線から股間を隠すようにしゃがみ込んだ。お満はそんな瓶之真の慌てぶりを知らずに、同じ目線になった瓶之真に上気した表情で微笑んだ。
「はあ、はあ、せ、先生、戻って…きました…はあ、はあ」
「も、戻ってきたとは、一体どうしてだ?」
「はあ、はあ、『どうして』って、先生、お稽古するためですよ。はあ、はあ」
お満はさも当然といった感じで答えた。