お満の特別稽古-2
「稽古とな?お満には特別稽古が有ったであろう。神社には参ったのか?三笠屋の饅頭は?中村一座の芝居はどうしたのじゃ?」
幾ら何でも帰ってくるのが余りにも早い、腑に落ちない瓶之真は続けざまに質問を重ねた。
「あっ!」
瓶之真の言葉を聞いたお満の表情が、難しい問題が解けたように、ぱあっと明るく輝いた。
「ど、どうしたのじゃ?」
「三笠屋さんだあ!先生、あたし間違えて三田屋さんに行って、豆餅3つ食べました。申し訳ありませんでした」
お満は屈託のない表情で、自分の間違いを元気よく報告した。これも『間違いをした場合は隠すのではなく、ハッキリと言いなされ』と言ったお敏の教育の賜物だった。
「さ、三田屋?豆餅3つも?」
「あい、間違えましたので、今から三笠屋さんに行ってお饅頭を食べてきます」
慌てて立ち上がり、直ぐに駈けだそうとしたお満を瓶之真は制した。
「ま、待て、甘味ばかりそんなに食えるものでは無かろう。三笠屋はもう良い。それよりも神社のお参りと、中村一座の芝居はどうした?」
「それがうっかりと忘れてました」
悪びれも無く、ニコニコと素直に認めるお満を可愛いと思った。
「今から行ってきます」
「待て待て、また忘れてもいかぬ。忘れぬように書付を渡す。付いて来るのじゃ」
「あい」
また戻ってきたら堪らない。瓶之真は書付を書くため母屋に戻ろうとした。しかしその前に、さっきから気になっていた事を聞かずにはおれなかった。
「と、ところでお満、さ、さっきから気になっているのじゃが、ど、どうして胸元に手を入れているのじゃ」
「あっ!」
お満は自分の胸元を見た。そして、自分の手が乳房を覆っていたのを思い出して、慌てて手を抜いて恥ずかし気に俯いた。
瓶之真は真っ赤になったお満に重ねて尋ねたが、お満の態度は急に頑なになった。
「い、言えませぬ…」
お満の恥ずかしげな様子を見て、これは破廉恥な事に関係すると、瓶之真の鋭利な感覚が訴えていた。
「これ、お満。拙者はそなたの師なるぞ!師と言えば身内も同然、いやそれ以上じゃ。その師に隠し事をするとは一体どうしたことじゃ」
勝負師の瓶之真はせっかくの好機を逃さない。瓶之真は夜の稽古の布石に丁度良い好機と判断し、師と弟子の立場を強調した。
「そ、それは…」
「もうよい、そなたがそんな態度を採るならば、もはや師でも弟子でもない。早々にここから立ち去ってもらう」
瓶之真にとって、これは賭けだった。お満が自分の言いなりになり、今後の生活が薔薇色の至福の時を過ごせるか。はたまた、無理強いに怒りを覚えたお満が、道場を去って全てが夢となるか。
「さあ、いかがいたす。事情を話すか、それとも道場を去るか。さあ、さあ、さあ」
瓶之真はお満が言いなりになると踏んで、畳みかけるように迫った。
お満は困った。昨晩の行き場所の無いどうしようも無い状況が脳裏を過った。そしてそれを救ってくれた恩人が目の前に居た。お満に選択肢は無かった。
「アイ…ワカリマシタ…コタエマスル…」
お満は恥ずかしさを堪えながら、瓶之真に説明を始めた。
素振りをしている時も、歩いている時も支障は無かったが、走った時に困った状況に陥ったと言った。
「困った事とは如何に?」
瓶之真の追求にお満は正直に答えた。走る事で豊満な乳房が上下し、乳首が稽古着に擦れて動けなくなっていた事。それでも早く道場に帰ろうと思う一心で、乳首が擦れないように手で覆いながら帰って来た事を話した。
「う、動けなくなったとな…、そ、それは、も、若しかして、気持ちが良くなったからなのか?」
上ずった瓶之真の問いかけに、お満の肩がピクリと反応した。しかし答えは無い。
「師が聞いておる。どうなのじゃ?気持ち良かったのか?」
もちろん赤玉効果で乳首が敏感になっていたのは言うまでもない。お満は赤い顔を更に赤く染めてこっくりと頷いた。
頭を垂れるお満の項越しに、稽古着の股間部分に染みが広がっている事に気付いた。媚薬効果の有る雌の匂いが瓶之真の鼻腔を刺激した。
ぶぉっ!
お満に負けじと、瓶之真の顔も赤く染まった。しかし、こちらは興奮の余りに噴き出した鼻血が原因だった。
「ぬおおおおお!」
何かが切れた瓶之真は雄たけびを上げると、鼻血を撒き散らしながら、一目散に道場の敷地に駆け込んだ。
「ひいいいいい」
ご隠居も八公も熊公も、そして通りの多数の人々も、鬼気迫る瓶之真の姿に恐れ慄き、腰を抜かして頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
敷地内に飛び込んだ瓶之真は、そのまま厠の中にすっ飛んでいった。
袴を下げ、イキリ勃ったイチモツを引っ張り出すと、興奮のままに扱きだした。
「うお、うお、うおおおお!」
その雄たけびが、通りで怯える人々に更なる恐怖を与えた。