瞳の初恋日記-3
5.
瞳は、いつも雅彦の消息を気にかけていたが、最近になって、雅彦の消息をメディアがしばしば取り上げるようになった。妹の千絵子から聞く話などを総合すると・・・・
彼は大学卒業後自動車メーカーに勤めたのだが、何を思ったのか、アメリカに飛んで絵描きになったと言う。もともとはエンジニアだが、製図技術を生かした精密画がニューヨークで評判になり、いまや高田雅彦画伯は、海外では異色の画家として売れっ子だという。
その高田雅彦画伯が、銀座の画廊で個展を開くということは、瞳も新聞で読んで知った。
千絵子が言うのには、雅彦はニューヨークのソーホーで、日本レストランの皿洗いなどをしながら、独学でウルトラ・リアリズム画法を開発して、高い評価を受けていると言う。
日本で個展を開くに当たって、日本の画壇については全く知識がなく、瞳に手を貸して欲しいと言うのであった。
「お兄ちゃんたら、瞳が新人賞をとったことなんか、よく知っているのよ。それで貴女に傍にいて、アドバイスをして欲しいんだって」
6.
画廊は、入り口が狭く、中が広い間取りになっていた。
入り口を通り越して、絵を展示してあるホールに足を踏み入れると、
「あら、瞳さん」と声を掛けられた。
ホールの入り口のテーブルで、千絵子がニコニコと手を振っている。
「今日はありがとうね、本当に助かるわ」
「うん、いいのよ、いま評判のお兄さんのお手伝いが出来て嬉しいわ」
個展の会場準備などは業者に頼むので、下見会やオープニングの来場者のリストアップ、当日のVIPのアテンドなど、雅彦の手の届かないところをサポートして欲しいと言うのが雅彦の頼みであった。
日本の画壇から見れば異端者の雅彦に、反感を持つ者も少なくない。出来るだけ摩擦を少なくしたいと言うのが、雅彦の希望である。
招待者リストは、すでに千絵子に送ってあった。
千絵子は、受付を引き受けていた。
「今呼んで来ますね」
千絵子が奥に入ると、雅彦が先にたって出てくる。
「やあやあやあ、瞳ちゃん、大きくなったね、元気そうだねえ。良かった」
「はい、有難うございます。ご成功おめでとうございます」
「まあ、何とかやってます。僕なんかのは、瞳ちゃんと違って自己流だから、この先どうなるか分かったもんじゃないよ」
雅彦は、和服姿の瞳の頭から足元まで、目を注いだ。
「瞳ちゃん、綺麗だねえ、着物がよく似合う」
「有難うございます。雅彦さんも異色画伯が板に付いて、かっこいいですよ」
雅彦の脳裏には、学生時代に山中湖でひょんなことから唇を交わした、瞳の幼顔がよみがえる。
(あのキスをするのさえ残酷に思えた少女、忘れようとして忘れ得ない初キッスの思い出。犯したい欲望を耐えて、オナニーで放出した儚い情事。どんなにか再会を待ち望んでいたことか)
(すっかり美しく成熟した瞳ちゃん。会いたかった)