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ちちろむし、恋の道行
【歴史物 官能小説】

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その1 ちちろのむしと出会ひけり-5

「ああ、そうか、それでおれに相談に来たってわけかい」

娘はうなずいた。

「でもなあ、おれは、しがない手習いの師匠だ。おれなんかに相談してもしょうがないだろう。まず、あんたの家 主に訊いてみたのかい?」

「家主は焼け死んでしまいました」

「近くの自身番に行ってみたかい?」

「燃えてなくなっていました」

瑚琳坊は腕を組み、思案投げ首となった。

「これは困ったな。見ず知らずの娘さんに相談を持ちかけられても……」

すると娘は畳にひたと両手を付き、深々と頭を下げた。

「お願いでございます。どうかしばらくここに置いて下さいませんでしょうか」

「どうして、おれにそうする義理があるんだ?」

「同郷のよしみで、どうか……」

「同郷たってなあ、そんなのは、この江戸にごまんといるぜ。他を当たったらどうなんだい? もっと広い屋敷に 住むやつもいるだろうに」

娘はグッと詰まったが、なおも頭を下げ続け、

「お願いでございます、何でもしますから……。お願いでございます」

と繰り返した。妙にしつこい娘だ。

「いいかげんにしろよ、おまえ」

言いかけて、瑚琳坊は言葉を呑んだ。必死に頭を下げる娘の姿をじっと見つめた。

(ない、こいつにはないぞ……)

目をこすって、もう一度見た。

(やっぱりない。こいつには影がない!)

行灯の光を受けて瑚琳坊の影が畳の上に伸びていた。ところが娘の身体はどこにも影を落としていなかった。

(じょ、冗談じゃねえぞ。こいつは幽霊か? 出てくる季節が違うだろう。今はもう、秋なんだぜ)

瑚琳坊は座ったまま、ゆっくりと後ずさった。すると娘はにじり寄り、揺れる瞳で心情を訴えた。

(こ、こいつ、幽霊のくせして、めっぽう可愛いじゃねえか)

瑚琳坊の心は恐怖と娘への興味とで入り乱れた。彼は行灯のすぐそばまで後ずさり、壁を背負ってしまったが、娘 はひたと瑚琳坊を見つめたまま、なおもにじり寄ってきた。恐怖が興味を上回り、叫びが彼の喉を這い上がってきた。が、ふと目を凝らすと、 娘の背後の障子に影がぼんやりと出来ていた。


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