俺の背後に回らないでください!-2
アーウェンは赤面に冷や汗を浮かべつつ、ラクシュが影のようにスイと動くのを察知し、とっさに背後へ回られるのを避けた。エプロン紐と狼尻尾が、フリンと動く。
……まぁ、身につけているのがエプロンだけということで、当然ながらアーウェンの後ろを隠すものは、その二つくらいだ。
「ん……」
「残念そうに小首傾げても、ダメです! だいたい、前は乗り気じゃなさそうだったのに、なんで急に見たがるんですか!?」
するとラクシュは、何か説明しようとするように、しばらく考えこんだあと、ボソボソと話しだした。
「私……きみの尻尾、大好き……だよ」
「俺の尻尾?」
「……クロッカス、言ってた。裸・エプロンの、尻尾……は、すごく、可愛い……らしい」
―― エロ猫おっさんの、残り一本となった色つき尻尾を、本気で引きちぎろうと思った。
「アーウェン、見たい……だめ?」
伺うような小声に、一瞬ほだされそうになったが、アーウェンは慌てて首を振った。
「そ、それは……っ! ラクシュさんのためなら、なんでもしますけど……っ!」
ラクシュが愛でてくれるなら、大概のことはできると思っていたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「さすがに恥ずかしいというか……ラクシュさんは、こういう感覚……解り辛いかもしれませんけど……」
アーウェンが視線をそらしながら言うと、ラクシュはポンと手を打った。
「ん、そっか」
深く頷く彼女に、ようやく理解してくれたかと、アーウェンは息を吐く。
「尻尾なら、いくらでも触らせますから……っ!?」
油断した一瞬のちに、視界からラクシュの姿が消えた。後ろから、きゅっと抱き締められる。
「心配ないよ、アーウェン」
「ら、ラクシュさん……」
背中に微かな吐息を感じ、アーウェンはゾクリと背筋を震わせる。身体の合間に挟まれた狼尻尾が、持ち主の意思とは無関係に揺れはねた。
――いやいやいや!! 嬉しいとか、絶対無いですから! この状態で興奮しちゃうとか、ありえませんから!! いくらなんでも、この新境地はちょっと……!
声すら出せずに、プルプル硬直しているアーウェンの背へ、ラクシュが幸せそうに頬をすり寄せる。
「相手、恥ずかしがる、とき……言う事も……ちゃんと、聞いて、きた」
「な、な……」
頭に昇った血でジンジンと鳴る狼耳へ、ラクシュの囁き声が聞えた。
「ん……いま、さら……生娘……でも、ある……まい、に……」
一瞬、アーウェンは世界が凍りつく音を聞いた。
「それ、違いますからああああああ!!!!!」
悲鳴をあげて振り返ると、ラクシュが小首を傾げた。
「ん?」
そしてゴーグルを外し、アーウェンを不思議そうに見上げる。
「アーウェン、きむすめ? 男、なのに?」
「そういう意味じゃありません!!」
―― そんなエロ代官のセリフ、ラクシュさんの口から、聞きたくありませんでした!!
アーウェンは半泣きでラクシュに抱きつく。
「もう良いです! いくらでも堪能してください! 裸エプロンだろうと何だろうと、ラクシュさんが愛でてくれるなら、俺も受け入れます!」
「ん……」
ヘニョンと垂れてしまった狼耳を、ラクシュに優しく撫でられた。
「アーウェンの……耳と、尻尾……すごく、正直なんだ……」
「え?」
驚いて顔を上げると、ラクシュにそっと口づけられた。
「君の、手札……強いか、弱いか……耳と、尻尾で、わかる……」
「じゃ、じゃあ、ラクシュさんが強いっていうより……」
震え声で尋ねるアーウェンに、ラクシュが重々しく頷いた。
「ん。アーウェンが……ポーカー、弱い」
―― おれの、ばか。
思わずその場にしゃがみ込んで、がっくりうな垂れていると、後ろでラクシュが尻尾をナデナデした。
「正直な……君が、大好き、だよ」
抑揚のない声には、偽りのない親愛が篭っていて、勝手に跳ねて歓喜を示した己の尻尾へ、アーウェンは苦笑する。
やっぱり、彼女が愛でてくれるなら、自分はなんだって許容範囲だ。
終