第三話 深肛悦-6
「あ”っ、あ”っ、 あ”っ、あ”っ、あ”っ、 あ”っ、あ”っ、あ”っ」
盛んにあえぐ霧舟の目は見開かれてはいるが、焦点は何にも合っていず、耳はふさがれていないが、何も聞こえて いないようだった。彼女は今、肛門に生ずる愉悦にだけ全神経を注いでいるのだ。
「お”っ、お”っ、 お”っ、お”っ、お”っ、 お”っ、お”っ、お”っ」
女の恥じらいなど微塵もなく、獣のごとき声を発して悶える霧舟の身体の上で、異人もまた何やら太く唸りながら 腰を振っている。眼は異様にぎらつき、黒い腕や脚には血管が太く浮き出ている。まるで全身が張り詰めた男根のようだ。興奮の“気”がめら めらと立ちのぼる。
と、いきなり異人が両手で霧舟の首をつかんだ。白い喉に指が食い込む。
「おいおい、なんの戯れ事だ?」
歓八は腰を浮かせた。
「ぐごっ………………!!」
霧舟が苦悶する。脚をばたつかせる。甘い悶絶とは明らかに違う。異人は、
「んんんんんん〜〜〜〜〜〜」
と奇っ怪な声を上げ、娘の喉を絞め上げている。
「こいつぁいけねえ!」
歓八が襖を勢いよく開けた。閨房に転がり込むやいなや異人の脾腹を蹴り上げた。仰向けになる男に馬乗りになる と一発殴ってから黒い両腕を押さえ込んだ。が、すぐにはね除けられた。盛大に殴り返され、幇間の身体は廊下に転げ出た。異人はそれを追い かけ、叫びながらさらに拳骨をくらわせた。そんな騒ぎを聞きつけて、遣り手や妓楼の若い者が駆けつけた頃には、歓八は鼻血を出して気を失 いかけていた……。
翌日。お城から妓楼に使者が立てられ、客に暴力を働いた幇間をおとがめなしにするかわりに、遊女の喉を絞め た異人への文句も受け付けない、ということになった。そして、昨日の顛末はいっさい口外せぬことを約束させられた豪丸屋の面々だった。
「しかし霧舟、災難だったねえ」
自分の部屋に届いた到来物の餅菓子を食べつつ、霧橋花魁が妹女郎に言う。
「なんでも、あの異人、興奮すると女の喉を絞めるっていう癖があったらしいね。あたいの時にその悪癖が出てい たらと思うと……、おお、恐い恐い」
身をすくめてみせながら、半分、面白がっている霧橋だった。怒って、ぷっと頬を膨らませる霧舟が元気なのを見 て歓八は笑顔になった。が、その顔面はあちこちに膏薬が貼られていた。唇も切れていたが、それでも口は達者だった。
「あの時、あたしが見張っていたからいいものの、誰もいなかったら大変なことになったでしょうね」
「見張るって……、たんに覗いていただけだろう。この助平が」
花魁にぴしゃりと言われ幇間は首をすくめた。そこへ、廊下から白猫のタマが入ってきて霧橋の膝に乗り、丸く なって落ち着いた。そうして、青い瞳で歓八をちらりと見やる。
『タマ。昨日、おまえがあたしに声をかけてくれたおかげで、あの場に居合わせることができた。おかたじけ』
幇間が心の中で礼を言い、猫を片手で拝んだ。それを見て、二人の遊女が「なにやってんだい、こいつは」と、軽 く吹き出した。
(おわり)