第一印象から決めてました-1
レムナはベッドのふちに腰をかけ、足をパタパタさせていた。
前あわせのゆったりした病衣は、翼を伸ばせるように背中の一部が開いている。
退屈しのぎに天井を見上げるが、年季が入った宿屋の天井梁は、いつもと変わらない。
ラクシュたちとの戦いで、地下遺跡にて九死に一生を得てから、十日間が経っていた。
ディキシスは結局、ラクシュを殺さないことに決めたらしい。
あれだけ硬い決意をしていた彼に、どんな心境の変化がそうさせたのだろうか。
『復讐はちゃんと果たした』
ディキシスはそう言っただけで、詳細は教えてくれなかったが、彼がもう良いというのなら、レムナが口を挟む事ではない。
レムナは彼の武器だけれど、アーウェンもラクシュも好きだったから、内心ではホッとしていた。
さすがにアーウェンには、悪い事をしたと思っている。
ただ……言い訳をさせてもらえば、彼とてレムナの立場だったら、絶対に同じ事をしたはずだ。
あの人狼は、親切な好青年だけれど、ラクシュを好きすぎて致命的に病んでいる。それは地下遺跡で、十分に思い知らされた。
レムナの身につけていた魔防具は、ほぼ全部が壊れてしまったし、翼も痛めたうえに、多数のすり傷や打撲を負い、今は療養中だ。
正確に言えば、いつも以上に怖い顔をしたディキシスに、絶対安静との命令の元、宿へ軟禁中である。
宿泊部屋はいつも通り一緒だが、ディキシスは外出中だった。
彼はレムナには留守番を命じ、愛用の剣と外套だけを一緒に連れて行ったのだ。
あの翌日から、ディキシスは毎朝そそくさと、行先も言わずに黙って出かけていく。そして夜に、くたびれきった様子で帰ってくる。
どこで何をしているか、とても気になったが、毎晩の求愛給仕というご褒美があったから、詮索も退屈すぎる療養も我慢できていた。
しかし昨日の夜、帰って来たディキシスの外套の一部が、キメラの血で汚れていたのだ。きっと、そこだけ魔道具で浄化し忘れたのだろう。
酷いショックで、せっかくの求愛給仕さえも断ってしまった。
驚くディキシスには、おなかが痛いと言って誤魔化し、布団の中に潜り込んで震えていた。
―― あんまりだ。一人でこっそり、キメラを狩りに行くなんて!
ディキシスの武器は、剣だけじゃないのに!
所持金にはまだ余裕があるのだから、危険な遺跡に行くのは、レムナが回復するまで待ってくれたって良いはずなのに!
―― やっぱり……。
ずっと密かに恐れていたことが、現実になりそうな気がして、明け方まで眠れなかった。
目が覚めたのはついさっきで、やはりディキシスは部屋におらず、剣と外套もなかった。
……きっとまた一人で、キメラ狩りに行ってしまったのだろう。
***
(……早く、帰ってこないかなぁ)
褐色の素足と一緒に、背中の翼も伸ばして軽く動かすと、もう痛みもなくスムーズに動いた。
立ち上がって窓際に行き、レムナは天気の良い空を眺める。
今日は気持ちの良い快晴で、市街地は賑やかそのものだった。
野原に出た新遺跡を目当てに、大勢の冒険者達が集まってきているせいだ。人間とほぼ同等なほど魔物も多いのは、さすがこの国というところだろう。
人狼は半獣化していないと、人間と見分けが難しいが、通りを人間と連れ立って歩く者には、九尾猫やラミアにアラクネ、気難しいケンタウロスまでも揃っていた。
数人のハーピーが、鮮やかな翼をはためかせて広場の上を飛んでいる。
一緒に旅をし、時に生死を共にする仲間は、種族が違えど家族も同然だ。
当然ながら恋愛感情も多く生まれ、その恋は実ることもあれば、残念な結果になることもある。
レムナは窓ガラスに鼻先を押し付けて、九尾猫の女性が人間の男性へしなだれかかり、仲良く窓の下を歩いていくのを、羨ましげに見下ろした。
(あーぁ。ハーピーって、恋だけは損すぎる……)
空を飛ぶのは大好きだし、自分はハーピーに産まれて良かったと断言できる。
ただし恋愛に関してだけはは、どうしてもハーピーは損な生物だと思う。
魔物は種族によって個体差や特徴はあるが、泉に浮かび上がった瞬間から、その地での言語など、ある程度の知識と知能を備えているのは共通していた。
ハーピーは、吸血鬼やラミアと同じように、ランダムな年齢の姿で産まれ、生涯をその姿で過ごす。
そしてハーピーの大きな特徴は、やはり空を飛べることと、産まれて最初に見た相手へ恋心を刷り込まれる性質だ。
ただし、その刷り込み本能は、よくトラブルも引き起こした。
恋心を抱く相手は、人間か魔物なら、異種族でも等しく刷り込まれてしまう。しかも、その相手をハーピーが自分で選ぶ事はできないのだ。
相手が同性だったりとか、すでに伴侶がいたりとか、歳を取りすぎていたりとか……数え上げたらきりが無い。