第一印象から決めてました-4
そこまで聞いた所で、ついレムナは声をあげてしまった。
ディキシスと共に暮らし始めた七年前から、二人は数々の遺跡を探索した。
キメラを狩り、発掘品を見つけては、復讐のための準備資金を熱心に稼いだ。
もっとも、ディキシスが一番最初に買い揃えたのは、レムナの魔防具服だったから、余計に時間がかかってしまったのだけれど。
話を中断されたディキシスは、怒るでもなく静かに頷く。
「だから言っただろう。俺は、とっくに夢を叶えてたんだ。だが……楽しむどころか、気づくことも出来なかった」
彼は深い溜め息をついて、レムナへ視線を向けた。見慣れた夕陽色の瞳なのに、なぜか少しだけ、明るい色になったような気がする。
「あんまり悔しいから、やり直したくてな。この国はちょうど遺跡に不自由しないし、お前の怪我が治ったら、気の済むまで遺跡を回りたいと思った。……一緒に来てくれるか?」
思いもしなかった言葉に、レムナは翼をバタつかせながら、力いっぱい何度も頷いた。
「う、うん!! 行く! 絶対に行く!」
ディキシスが嬉しそうに頷き、大きな片手を差し出した。
「……じゃあ、改めてよろしくな。俺の旅仲間」
「え?」
「もう復讐の武器は必要ない。俺が欲しいのはレムナだ」
そう言ってから彼は、途端に自分の言葉が恥ずかしくなったようだ。耳まで顔を赤くし、両手を必死でふる。
「違う! 今のは変な意味じゃない! いや、俺もこれからは、もう少し努力するが……」
「ディ、ディキシス?」
「な、なんというか、その……お前に好かれるのに、相応しい相手になれるように……」
どうやらディキシスは、自分でもどんどん墓穴を掘っているのを、自覚はしているらしい。
しまいに頭を抱えて、レムナへ背中を向けてしまった。
「……今さら、信じてもらえなくても仕方ないが、俺だって本当は、お前に一目惚れだ」
消え入りそうな呻き声で言われ、レムナは自分の耳を疑った。
「だって、ずっと……」
ディキシスが腕の隙間から、少しだけ視線を覗かせて軽く睨む。
「これも何度も言ったが、お前に相当な無茶をさせ続けたのは事実だ。だから俺には、お前を愛する資格など微塵もなかった」
「だけど、ディキシスはいつだって……」
危険が多かったのは確かでも、ディキシスは必ずレムナの身を案じ、いつも自分がより危険な役を引き受けた。
「……資格は十分すぎるくらい、あるよ」
レムナは呟き、そっとディキシスに身体を摺り寄せた。途端に、大きな腕に抱き締められる。
「許されないはずなのに……姉さんを犠牲にして生き残ったのに……俺は……」
嗚咽を堪えているような、ディキシスの声が震えた。
「俺は……幸せになりたい……」
レムナを抱き締める腕に力が篭った。
長身の青年は、まるで後悔に泣く小さな少年のように感じた。
「お前をきちんと愛して、愛されたい。許されなくても……その願いを叶えるために、足掻きたい」
「……」
何か声をかけたかったのに、レムナは何も言えなかった。
ディキシスもまた、復讐のために多くの命を潰した。
復讐の相手を、決して許さないと誓ったからこそ、その呪いは彼自身も絡めとってしまった。
ディキシス自身も、許されなくなってしまった。
「……うん」
レムナがようやく出来たのは、頷くことだけだった。
いつか、何年も先かもしれないけれど、ディキシスが自分にかけてしまった呪縛が溶ける日が来るのを、レムナも心から願っている。
それまで必死に足掻いて、なにが悪いと言うのだろうか。
レムナは必死で笑みを作り、精一杯の明るい声を出す。
「――じゃ、ディキシス。まずは『愛してる』って、私にちゃんと言ってみようか?」
「っ!?」
レムナを抱き締めたまま、ディキシスの身体がビクリと震えた。見えないけれど、きっとこれ以上ないほど赤面して、顔をこわばらせているに違いない。
「ね? 努力してくれるんでしょ? 私はもう何百回も言ったんだよ?」
フフンとレムナは笑い、ここぞとばかりに畳み掛ける。
そして真っ赤になっている耳に口元を寄せて囁いた。
「世界中の誰が許さなくても、関係ないよ。私は、ディキシスを愛してる」
次の瞬間、ベッドへ押し倒されてディキシスに唇を塞がれていた。
彼が狂おしいほど言いたいと望み、レムナも渇望していた言葉が、重ねた唇の隙間で、聞えた気がした。
終