第一印象から決めてました-3
「レムナ……?」
しかも唖然とするディキシスを見て、もしかしたら、少しくらい同情して貰えるかも……など、最低すぎることを考えてしまった。
「ディ、ディキシス……む、無理にとは、言わないけど……もし、良かったらだけど……もうちょっとだけ……一緒にいちゃ駄目……かな?」
ずっと不安でたまらなかった。
復讐が達成されたら、自分はディキシスにとって、辛い過去を思い出させるだけの存在になってしまう。
彼がレムナの愛を否定し続けたのは、その時にためらいなくレムナを捨てられるようにではないか……。
随分と前から、そんな恐ろしい考えが、何百回も頭をよぎっていた。
「……これを先に渡すべきだった」
ぶっきらぼうな声と共に、黒い布袋が突き出された。ディキシスが帰って来た時に抱えていた荷物だ。
「早く開けてくれ」
催促され、震える手で紐を解いた途端に、虹色の光がキラキラと零れ出た。
「こ、これ……ディキシス? なんで?」
中に入っていたのは、薄くて軽い布の衣服で、魔道具に加工した無数の鉱石ビーズを、|蜘蛛女《アラクネ》の特殊糸で丁寧に縫いつけてある。細かいデサインこそ違うが、破れてボロ服と化してしまったレムナの魔防具服と、ほぼ同じもの……いや、以前よりもさらに良品となっていた。
「鈴猫屋で鉱石ビーズを買って、ついでに良い仕立て屋も紹介してもらった」
レムナは魔防具服を手にしたまま、声も出せずに固まっていた。
鉱石ビーズは一つ一つが宝石も同然の価格だ。ただし、小さく作るのは難しいために、細かいものほど高価になる。
衣服に煌くビーズは、信じられないほどの極小サイズで、魔法文字も丁寧に刻まれていた。これだけ小さく軽ければ、多数の鉱石ビーズがついていても、飛ぶのに支障はない。
ただしこれを作るなら、宝石をちりばめた夜会ドレスを十着作るほうが安いだろう。
茫然と固まっているレムナの頬を、ディキシスが指先でつついた。
「毎日留守番させてたからって、そう不貞腐れるな。これを買うために、あの新遺跡を駆け回ってたんだ。あそこのキメラは手ごわいが、良い発掘品も多くて、なんとか稼げた」
そして、思い出したようにぼやいた。
「これだけ大量買いしたのに、クロッカスときたら値引くどころか、ここぞとばかりに吹っ掛けてきたんだぞ。尻尾三本の腹いせだろうな」
ニヤニヤ顔で代金を要求する九尾猫の姿が目に浮び、レムナは思わず噴出した。
クロッカスの命を三回分奪ったのは吸血鬼たちの仕業だが、そもそもはディキシスとレムナが、黒い森を襲ったのが発端だ。
いかにも、あの猫おじさんらしい報復だと思う。
「じゃ、じゃあ……これからも一緒にいて……良いんだよね?」
つい、声が小さくなってしまい、ヒソヒソ声でレムナは尋ねる。
ディキシスが頷き、照れたように少しだけ微笑んだ。
滅多に見られないこの顔が、レムナはもっと大好きだ。
うっとり見惚れていると、ディキシスは少し顔を赤らめて、また無愛想な顔に戻って視線をそらしてしまった。
「十日前……復讐を果たした後で……」
ディキシスは天井の梁を睨みながら、独り言のようにポツポツと話し出した。
「……ガキの頃の夢が、いつのまにか叶っていたことに、いきなり気がついた」
「夢? 復讐じゃなくて?」
キョトンと尋ねると、ディキシスが苦笑した。
「まだ姉さんが生きていて、ラドベルジュの貧民窟に住んでた頃は、俺だって普通のガキで、将来の夢くらいあったさ。その日を生きるのに精一杯でも、夢は無料だからな」
「へぇ……どんな夢?」
珍しく多弁な彼の話をもっと聞きたくて、レムナは慎重に相槌を打った。
ディキシスは、遠い子ども時代を思い起こすように、目を細める。
「あそこに住む男のガキなら、誰でも一度は見る夢だ。立派な剣や鎧で武装して、信頼できる仲間と、古代遺跡でキメラと戦ったり、珍しい発掘品を見つけて金を稼いで……」
「え? それって……」