第一印象から決めてました-2
(私は、最初に見たのがディキシスで……)
そこまで考えた時、不意に扉がノックされ、レムナはビクンと飛び上がった。
返事をすると、ディキシスがいつもの無愛想な表情で帰って来た。
やはり腰に剣を下げ、この暑いのに愛用の外套を着ているが、片手には見慣れない大きな荷物を抱えている。
「あ、あれ? 早かったね……」
ついさっき、早く帰って来てくれと願ったが、本当に来るとは思わなかったから、声が変に上擦った。
包みを抱えて戸口に立っているディキシスから、いつもより思いつめたような雰囲気を感じるせいかもしれない。
レムナが窓辺に立っているのを見ると、ディキシスは軽く眉を潜めた。
「安静にしていろと言っただろう」
「もう完璧に治ったし、これ以上寝てたら、飛び方を忘れちゃう」
レムナが言い返すと、ディキシスは顔をしかめたが、口元にはわずかな苦笑を浮かべていた。
これが、レムナは大好きだ。
「おかえり!」
ついディキシスへ駆け寄り、その長身に抱きついたが、困惑したような表情でやんわりと押し返された。
これももう、いつものことだから、レムナもあっさり身を離す。大人しくまたベッドに腰掛けて、内心で溜め息をついた。
(やっぱり、ハーピーって損。こんなに好きなのに、信じてもらえないなんて……)
レムナはディキシスが大好きなのに、彼はそれを刷り込みのせいだと言い、認めてくれないのだ。
世の中には、ハーピーの刷り込み性質を利用し、自分へ懐かせてボロボロになるまで使い潰す者も多い。
どんなに乱雑に扱われても、ハーピーは恋した相手に尽くし続けるのだから。
ディキシスは自身を、そんな悪人と同じだと言う。
泉の番人に貰ったレムナを、吸血鬼への復讐に利用してこき使っているからだと、彼はいつだってレムナに言い聞かせる。
『お前は刷り込みに惑わされているだけで、本当は俺を好きになるはずがない』と。
ハーピーに本当の恋は出来ないなんて、それこそ差別だと、最初は何度も抗議したが、ディキシスは困りきった顔で黙ってしまうから、レムナも黙ることにした。
(ハーピーは、みんなが思うほどバカじゃないんだから)
荷物を置いて外套を脱ぎはじめたディキシスから、そっと目を逸らす。
悪人に虐げられても尽くしてしまうハーピーは、頭の悪い種族だと、からかい歌まであるほどだ。
しかしハーピーだって、恋する相手が酷ければ、それを頭ではちゃんと解っている。それでも離れられないのだ。
吸血鬼が血を飲まずにいられないように、人狼が満月の夜には変身せずにいられないように。
それは本能のさせる愚かな行為だと認めよう。
でもレムナは、ディキシスを酷い悪人だなんて、一度も思ったことはない。
無愛想で朴念仁で、意地っ張りで頑固で、思考が常に後ろ向き……くらいは、たまに思うけれど。
ただし彼は、いつでもレムナの身を案じて大切に扱ってくれる。
無愛想でも、レムナのお喋りをちゃんと聞いてくれる。実はふわふわ小動物が好きで、たまに視線が九尾猫や人狼の尻尾を追いかけていたりするのも、可愛くてたまらない。
なにより、レムナの恋を勘違いだと諌めつつも、強請られれば求愛給仕をして、満たしてくれる。
めったにないが、レムナが熱心に望めば、時に愛撫して抱くこともある。
触れる手は、いつだってとても優しくて、どちらかと言えば彼の方が、レムナに尽くしているような気さえする。
そんな相手に恋をして、何が不自然なのだろうか。
レムナがハーピーでなくとも、ディキシスの傍にいれば、絶対に夢中になっていた。
(私は、最初にディキシスを見てから、後悔したことなんか無いよ!)
レムナは、自分がどこの泉から産まれたのか、よく解らない。
意識を得た時には、すでに全身拘束と目隠しをされており、『泉の番人』を名乗る者に、さまざまな手術を施された。
視力や身体能力を大幅に強化され、声だけしか知らない番人から、自分はとある青年へ、武器として渡されると聞いた。
青年は吸血鬼と王家に復讐を誓い、そのためにはレムナの助けが必要らしい。
そんなの怖いし利用されるなんて嫌と思ったけれど、自動人形《オートマタ》のように淡々と紡がれる番人の言う事には、なぜかいつだって逆らえなかった。
「……レムナ?」
ぼーっと考え事をしていたら、ディキシスに呼ばれていたらしい。
「え!? あ……ごめん、ちょっと考えごとしてて……」
慌てて言いつくろうと、赤褐色の髪をした青年はレムナの隣へ座り、やけに神妙な声で切り出した。
「お前の怪我が治ったら、聞こうと思っていた」
「う、うん?」
レムナは引きつった声で返事をし、膝の上で病衣を握り締めた。やけに心臓がうるさくて、息が苦しい。
「俺の目的は達成された。それで問題は、お前の今後だが……」
―― 限界だった。
覚悟はしていたのだから、絶対に泣くまいと思っていたのに、ボロボロと涙が勝手に零れて、握り締めた手の上に落ちていく。