淫魔の夜-2
それ以来朝にお坊ちゃんの部屋に伺うとき、週に1度くらいは必ずベッドは乱れていてシーツは傷んでいて、そしてあの汚れがついているのです。
そんなことがあった日には、坊ちゃんの様子は特に異常でした。何かに怯えるような神経が病んだようなご様子なのです。
でも私はそのことをお屋敷の誰にも言いませんでした。何故なら私を雇い入れる時に余計なことに首を突っ込んだり喋ったりしないことが条件だったような気がしたからです。
私は坊ちゃんが私に初めて言った言葉を今でも覚えております。それまでにこやかにしていたお坊ちゃんが急に無表情になり硬直した顔で言ったのです。
「クララ、お前も僕から逃げ出すんだろう?」
ということは、今までも1度や2度ではなく何度も逃げ出した侍女がいたということなのです。でもそれならおかしいのです。そんなに何人も逃げ出した侍女がいたのなら、逃げ出した後あちこちで言いふらした筈です。
だから今さら秘密を守る必要はない筈なのです。余計なことに首を突っ込んだり喋って廻らない侍女を選ぶ必要がないのだと思います。
逃げ出した侍女が沢山いるのに、どこにも喋って廻る心配はないということなのです。そんなことってできることなのでしょうか?
私はそのときあることを考えてしまい、恐ろしくなりました。まさかそんなことが。でもそう考えないとどうしても説明がつかないのです。
お屋敷には何人も雇い人がいます。でも私はその人たちと接することがありません。それは女中頭から固く禁じられているからです。きっと他の者も私と接触しないように言われているに違いありません。
話し声などを遠くに聞くことがあります。けれども私には入ったり通ったりしてはいけない所が沢山あって、決められたところ以外は歩けないのです。お坊ちゃまもそのことをご存知で決して私をそういう所に行くようにはしむけません。
私は窓越しに大変体格の良い熊のような大男を見たことがあります。庭男とでも言うのでしょうか。お庭の仕事をする男です。あんな大きな男に捕まってしまえば私なんか一ひねりで殺されてしまいます。ああ、なんて恐ろしいことを私は想像してしまうのでしょう.