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「ほんでー、マーくんがぁー…」
酔っ払って呂律の回らなくなった楓が思い出話らしき話をしている。
開始から3時間が経ち、鍋も片付けられ、テーブルの上はワインの空き瓶が2本、下に置いてあるビニール袋の中には大量のチューハイの空き缶が葬られていた。
恐ろしいスピードで飲み進めるこの人たちに、自分はいつか殺されると陽向は思った。
半開きの目で楓の話を聞く。
しかし聞いているのは耳だけで、脳にまでは到達していなかった。
「陽向、あたしの話聞いてないでしょ」
「…ん?」
「ん?じゃないよ」
楓は爆笑した。
湊と雅紀も笑っている。
その声がだんだんと遠くなっていく。
陽向は無意識にあくびをし、無意識にソファーに横になると、クッションを枕代わりにしてブランケットにくるまって閉じかけていた目を完全に閉じた。
頭の痛さと、ひどい喉の渇きで目が覚める。
間接照明だけが照らされ、辺りはまだ暗い。
時計を見ると、3時過ぎだった。
のそのそと起き上がって部屋を見渡す。
誰もいない。
ひんやりした床に足を下ろし、隣の部屋を見に行くと湊がうつ伏せで眠っていた。
…あれ?2人は?
帰ったのかな。
そう思い、冷蔵庫の扉を開けて麦茶を取り出すと、ベランダへ続く窓から隙間風が吹いている事に気付いた。
コップに注いだ麦茶を飲みながら、窓を閉めようと近付いたその時、かすかに人の声らしきものが聞こえてきた。
まさかと思い、カーテン越しにそっと覗くと、案の定雅紀と楓がいた。
楽しそうに喋っていると思ったのもつかの間、どちらともなくディープキスを始めたではないか。
陽向は飲みかけのコップを危うく落としそうになった。
急いでカーテンを閉め、暴れ狂う心臓を抑えるのに必死になる。
親友のあんな姿なんて見たくない…。
なんとなく、そう思った。
なんとも言えない気分になる。
2人が戻って来る前に寝たフリしとかなきゃ……。
急いでキッチンにコップを置きに行こうとした時、偶然目覚めた湊に遭遇した。
寝ぼけ眼で「あれ、あいつらは?」と言う。
「えっ?あ、知らない!」
湊は「帰ったんかね」と言った時、ベランダの方を見た。
「誰だよ開けっ放しにした奴。さみーよ」
…そ、そっちは!!!!!
「だ、だめ!」
陽向は小声で叫んだ。
「は?」
湊のパーカーの裾を思い切り引っ張る。
「だめだからっ!」
「なんだよ、意味わかんね。風邪引くぞ」
湊は構わずベランダの方へ向かい、カーテンに手を掛けた。
動きが止まる。
そして、戻って来る。
「人様の家で何してるかね」
湊はクスクス笑った。
「寝てるフリしてやろーぜ」
「そのつもり」
「お前はそーゆーの得意だもんな」
陽向はイヒヒと笑うと、再びソファーに寝転んだ。
「俺らもする?」
ソファーに寝転んだ陽向に突然、湊が覆いかぶさる。
「えっ?!や、やらないっ!!!」
湊の肩をぎっちり掴み、陽向は顔を赤らめた。
心臓がバクバクいう。
湊に近付かれたからか、それとも見られたらヤバイという思いからか。
どちらともいえない思いが頭を駆け巡る。
「お前さ、酔っ払うとどこでも寝んのな」
「今日はお家だったからすぐ寝ちゃったの」
「とか言って居酒屋でもすぐ寝んだろ」
湊の唇が首筋を這う。
「ちょ…湊……楓たちが…」
「とか言って興奮してるクセに…」
「し、してないっ!ちょっと…ホントに…!」
楓たちの笑い声が外から聞こえる。
これは本気でやばい、戻ってくる…!!!
陽向は湊の肩を思い切り叩いた。
その瞬間、唇にちゅっと軽くキスされる。
「スキあり」
湊はいたずらっ子のようにニッと笑うと、隣の部屋へ行ってしまった。
ほぼ同時にベランダの窓が開く。
陽向は急いで頭まで毛布を被り、寝たフリをした。
心臓がバクバクいっている。
楓と雅紀のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「ありがとな」
「なにが?」
「付き合ってくれて」
「何今さら。最初は奈緒のこと好きだったくせに」
「そーゆーこと言わない」
「てか陽向起きてたらこの会話丸聞こえだよ」
「へーきっしょ。風間、いつもちょー爆睡じゃん」
失礼だな…雅紀。
「あははは。そーだね」
楓もそこでノるんかい。
「…でもさ」
楓が静かに言う。
「陽向と五十嵐のおかげだよね、あたしたちがこーなれたのも」
「そーかもな」
2人の小さな笑い声がちょっとだけむず痒い。
別に自分のおかげでも何でもないと思うけど、なんだか嬉しい。
陽向は1人でニヤけながら再び眠りに落ちた。