地獄へ道連れ 2-1
ラクシュは地下の遺跡を、一人でスルスルと静かに歩いていた。
かなり地下深くまで探しにきたが、複雑に入り組んだ遺跡の中で、まだ誰も見つけられない。
皆を必死で止めようとしたら、大変な事態を引き起こしてしまった。溜め息が零れ落ちそうになるが、とにかく彼らを探し出す方が先決だ。
さすがにあれは、魔力をかなり消費し、ラクシュもとても疲れていた。
時折、襲い掛かってくるキメラや蟲たちを追い払いながら、はるか古代に滅んだ遺跡をさまよい歩く。そこかしこで輝く鉱石木のぼんやりした光が、やけに綺麗に見えた。
「あ……」
遠くから聞き覚えのある呻き声が聞こえ、ラクシュは静かに走り出した。いくつか角を曲がると、通路の突き当りで、オリヴァルスタインが巨大な蜘蛛に襲われていた。
ロープほど太い粘着性の糸でできた蜘蛛の巣が、壁一面を覆っている。
三メートル近くもある蜘蛛は、捕らえた吸血鬼をグルグル巻きにして巣へ貼り付け、その肉を食んでいた。
普通の蜘蛛ならば、獲物の肉を直にかじれないが、地下世界の蜘蛛は違うようだ。
オリヴァルスタインはすでに、両手と片足、それに身体の半分以上を食べられていた。
心臓と首から上が無事なだけに、かえってまだ絶命ができないらしいが、あの状態ではもう助からない。
キルラクルシュは人間との戦いで何度も手足を失ったが、仲間の血を多く飲めば、すぐに再生できた。
吸血鬼の弱点である首を切られたことだけは無かったが、他の部分なら大抵は再生した経験がある。
だがこれは、ほかの吸血鬼にはない能力のようだ。
オリヴァルスタインは死の淵にあり、彼の心臓が止まるのも、時間の問題だった。
ラクシュが近づくと、蜘蛛は襲い掛かってきたが、手近な瓦礫を魔力で浮かせてぶつけて追い払う。
「オリヴァ……」
あちこちから内臓と骨を飛び出させて痙攣している彼に、ラクシュはそっと呼びかけた。
「ギ、キルラ……クルシュ……?」
殆ど白目を向いていたスミレ色の瞳が、ラクシュをみとめた。
「早……た、助け……」
瀕死の苦しみに歪めた表情さえも、彼は美しく見えた。
美貌こそを、唯一の最も確かな価値観とする吸血鬼。
一族の誰よりも美しかった彼は、黒い森に住まう吸血鬼たちの長だった。
彼をじっと見つめ、ラクシュは口を開く。
「オリヴァルスタイン……ききたい、こと……あるの」
ずっと昔、黒く染まった泉から産まれた女吸血鬼は、その胡乱で澱んだ目つきと無表情で、あまりにも醜いと一族から驚かれた。
しかしオリヴァルスタインは、そんな彼女を泉から抱き上げて衣服を着せ、キルラクルシュと名を与えた。
人間の街につれて行き、吸血鬼として生きる道を教えてくれようとした。
彼の首筋から、キルラクルシュは初めて血を飲み、その異質さを露にし、同時に類稀な力を発揮し始めた。
オリヴァルスタインは彼女の功績を認め、自分の血を吸ったのを許すと仲間達に宣言した。
彼女を一族の大事な仲間だと言い、彼女に血を与えるように、皆へ命じてくれた。
だから、命の灯火が消えかけている彼へ、どうしても尋ねたかった。
「私は、まだ、黒い森の……仲間?」
「……ぅ?」
オリヴァルスタインが血まみれの唇を、パクパクと必死で動かず。
「ふ……ハ、ハ……キルラ、クルシュ……そうだ……長として、断言する……お前は、我々の大事な……仲間……」
ふと、そこまで言った所で、彼は自身の食い散らかされた身体を眺めおろした。
どうやら自身に、もう助かる望みはないと、理解したらしい。
彼の美しい眼が、じっとラクシュを眺めた。
真っ赤に染まった口元がつり上がり、最後の優美を飾る。
「……の、はずが、ないだろう…………お前は……醜い、番犬、だ……」
そう言うと、オリヴァルスタインはガクリと頭を垂れて気絶した。
「……そっか」
ラクシュは静かに頷いた。
彼がもう苦しまなくて済むように、右手を一閃して一息に首を落とす。
―― ありがとう。最後の首輪を切ってくれて。
これで私は、黒い森から、本当に自由になれたよ……。
もう、人間と吸血鬼、どっちの味方をしても、自由……だよね……自由、なのに……ね……。