地獄へ道連れ 2-3
本当にいっぱい、殺してきた。何万もの人間の顔を、全て覚えている。
彼らはラクシュを殺そうとしてきたけれど、もっとちゃんと話していれば……。
それとも、人間と吸血鬼が仲良く暮らすなんて、やっぱり無理だったのだろうか?
どうしようもないからこそ、苦しくて悲しくてたまらないんだ。
眼を瞑って、首を切り落とされるのを待っていたのに、いつまでたっても首に痛みは走らない。
ひょっとして、気づかないうちにもう死んでいたのかと、そっと眼を開けると、ディキシスが泣きそうに顔を歪めていた。
「キルラクルシュ。お前だけは、なにがあっても必ずこの手で、地獄に落としてやると誓った……」
ディキシスは呻くように呟き、それから深く息を吸った。
「なのに、こんなバカげた話があるか!!」
やりきれない思いを吐き出すように、ディキシスは大声で怒鳴る。
「ディキシス……?」
「ふざけるな! お前を利用した吸血鬼も、殺そうとする人間も……どっちも憎めばいいじゃないか! そのほうが、ずっと楽だろうが!!」
黒い剣が、ラクシュの顔のすぐ横へ、深く突き立てられた。固い床に剣を食い込ませたディキシスは、肩を震わせて嘆く。
「お前だけは……絶対に、救ってなんか、やるものか」
床から引き抜かれた黒い刃が、ディキシスの手首にすべる。にじみ出た鮮血は、荒い呼吸を吐くラクシュの口へめがけて、落とされてくる。
ひどいなぁと、ラクシュは思った。
人間の血を飲んだら、吐きまくって気分が悪くなる。
この傷で、魔物の血を飲まないまま放っておけば、きっと自分は、もうすぐ死ねるのに。
また目を閉じれば、瞼の裏にキラキラと綺麗な光が瞬いていた。
―― アーウェンの……キラキラ、最後に、もう一回、見たかったなぁ。
彼はとても強い子だから、この地下できっと生きているだろうけど、もしかしたらラクシュを心配して、探してくれているかもしれない。
意識が遠くなっていくし、瞼の裏に浮かぶキラキラもかすむ。とても残念だ。
アーウェン……きみのキラキラ……わたしを、好きだと言ってくれると、増えてくキラキラ……大好きだよ……ずっと、一緒にいたかった。だけど、ごめんね……。
―― きみが、もう、 見えない、ん、だ……。
「え……?」
口の中に滴り落ちた血の味に、ラクシュは驚いた。
わずかな量だが、ディキシスの血は、ラクシュの身体にじんわりと力を蘇らせ、深い傷口の出血を止める。
「俺はもう、人間じゃない……泉の底で五年をかけて、全身の血を、魔物の血に入れ替えた」
目をあけると、夕日色の瞳が、ラクシュをまっすぐに睨んでいた。
「これが復讐だ。お前の好きな人間と吸血鬼が、互いに殺しあうこの世界で、もっと生きろ。
お前にとっての地獄を、この先も歩け」