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キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい
【ファンタジー 官能小説】

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地獄へ道連れ 2-2


「……ん?」

 ラクシュが振り向くと、ディキシスが黒い剣を構えていた。
 彼の気配は、ほとんど完璧に消されていたから、すぐ近くに来るまで気づかなかった。
 暗い瞳をした青年は、もうラクシュと話す気もないのだろう。無言で床を蹴り、斬りかかってきた。
 ラクシュが浮かせて投げる瓦礫もをはじき飛ばし、人間とは思えない速度の剣撃が、次々と繰り出される。

「あ……」

 避けた拍子に、くらりと目眩がした。魔力を消費しすぎたせいで、血飢えに喉がひりつく。

 ―― 血が、足りない……。

 反射的に、大好きな人狼青年の顔が、脳裏に浮かんだ。
 アーウェンは、ラクシュを助けようと頑張ってくれたのに。だから吸血鬼たちへ襲い掛かったのに。
 それは痛いほど解っていたけれど……。

 ―― ごめんね。でも、もう、私は……。

「っ!!」

 集中力が途切れたせいで、剣への反応が一瞬遅れた。
 右肩から斜めに激痛が走り、ザックリと斬りさかれた身体から、鮮血が吹き上がる。
 アップルグリーンの服が見る見るうちに赤く染まり、大量の出血とともに足から力が抜けていく。ラクシュは無言でよろめき、ざらついた床へ仰向けに倒れた。

 荒い息をついたディキシスが、暗い瞳で自分を見下ろしている。
 倒れたまま、彼に尋ねた。

「……わたし、死ぬ?」

「ああ、今から俺が殺す」

 静かな声で答えるディキシスに、ラクシュは小さく頷いた。

「そっか……」

「随分とあっさりしているな」

「うん。この体、嫌い」

「なんだ? 今さら、人間に生まれたかったとでも言う気か?」

 噛みつきそうに唸るディキシスへ、ゆるゆると首を振った。

「違う……」

 本気を出せば、まだ立ち上がれるような気もするけれど、立ち上がりたくなかった。
 気づかない間に蓄積していた疲労が、一度に吹き出たような気がする。
 ただ本当に疲れきっていて、身体を動かす気になれなかった。もう何も考えずに眠りたくなってくる。

「あのね……」

 痛くて苦しくてたまらないのに、喉を自分の血が潤しているせいか、不思議といつもよりスムーズに言葉が出た。

「わたし……昔は、人間が……怖かったんだ……」


 キルラクルシュの目に、雄叫びをあげて襲いかかってくる人間たちは、いつだってとても恐ろしい怪物に見えた。
 彼らが喋るのは、吸血鬼と同じ言語だったけれど、彼らはこちらを見るなり、挨拶のかわりに剣で切りかかり、弓矢を射るのだ。
 彼らはキルラクルシュよりも、ずっと上手く喋れるはずなのに!

 だから人間は、そういう生き物だと思っていた。
 怖くて乱暴で、自分たちだって森の動物を狩って殺して食べているのに、吸血鬼が人間の血を吸うのは激しく憎み、根絶やしにしようと襲い来る。
 そんな人間は、黒い森へ侵略しようとする、おぞましい虫も同然に見えた。
 キルラクルシュは必死で同族を守り、何万もの『虫』を潰した。

 だから……人間から講和条約を持ちかけられた時は、あまりにも驚いたのだ。
 やっと恐ろしい日々が終わると、嬉しかった。
 同時に、なぜもっと早く言わなかったのかと、少し恨めしかった。

 ―― 喜んで血をくれる人間がいると、もっと早く教えてくれれば、私はあんなにいっぱい、殺さなくてすんだのに。

 しかし、それすらも間違いだったと、十二年前に教えてくれたのは、ディキシスだった。
 生贄は進んで仲間のために身を捧げるのではなく、無理やりに殺されるのだと、生贄の意味に不審を持ったキルラクルシュへ、仲間は渋々と教えてくれた。

 さらに二年後、吸血鬼たちの本音を知って森から出たラクシュは、人間たちの間で暮らしはじめて、改めて確信した。

 ―― 吸血鬼も人間も、同じだね。

 どちらも自分勝手で、そのくせ優しいところもあって、色々な性格の者がいて……生態や価値観や食物は違っても、ラクシュから見れば、彼らは同じだった。 

「人間も、吸血鬼も、同じなら……私、どっちも、好きだよ……だから、もう、殺せない……黒い森から……自由になっても、どっちも、選べないよ……」



 喉からあふれ出た血が、口いっぱいに広がって、端から零れ出た。
 両眼の奥が熱くなって、そこからも水が流れる。

「だから、わたし……生まれ変われたら、野菜に、なりたい……それなら、今度は、誰も、殺さなくて、いい……」



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