地獄へ道連れ 1-4
「アーウェン……生きてたんだ」
鉱石木の向こうから、レムナが姿を現した。
彼女も苦労したらしく、身体を守る衣服の鉱石ビーズは、すでに半分も光っていない。
細かな擦り傷や打ち身がそこかしこにあり、黄緑色の翼も、片方がひどく傷んでいるのが、一目でわかった。あれでは満足に飛べるかも怪しいものだ。
手甲ナイフは血に染まり、足元には赤毛の吸血鬼少女が、首と胴を分断されていた。
レムナは手甲の血を振り落とし、ため息をついて額の汗をぬぐう。
「ちょっと休戦しない? この地下ってば、最悪すぎ」
「……はい」
アーウェンも頷いて、手近な瓦礫に腰掛ける。床に倒れている吸血鬼少女の死体へ、チラリと視線を走らせた。
「俺も吸血鬼を二人、殺しました。黒髪と茶色髪です。」
「ふぅん……じゃぁ後は、金髪キザ男だけだね」
レムナもアーウェンから少し離れた瓦礫に腰かけ、ずれかけていた胸帯の位置を直した。
しばし、二人とも無言で息を整えていたが、やがてアーウェンは口を開いた。
「ディキシスさんは……なぜ、ラクシュさんが、お姉さんの仇だと?」
尋ねられたレムナは、困惑の表情を浮かべた。
「勝手に教えるのも、なんだけど……」
しかし彼女は結局、ディキシスの姉が生贄制度の犠牲になったことや、キルラクルシュをその元凶として復讐を誓ったことを、教えてくれた。
アーウェンは聞き終わると、ため息をついた。
「ラクシュさんは、吸血鬼に利用されていたようなものですよ」
レムナは頷き、あっさりと返答を返す。
「うん。ごめんね、実はこっそり聞いてたんだ」
「彼女は人の血を受け付けませんし、俺の血ですら、ためらいながらやっと飲むくらいです」
できれば彼女たちに、ラクシュを責めないよう思い直して欲しいと思いながら、告げてみた。
しかし、レムナは困ったようにため息をつく
「私はラクシュが好きだし、気の毒だと思う。でも、ディキシスはきっと止めないよ……」
アーウェンもため息をついた。
ラクシュが利用されていただけだと知っても、なお復讐を決行しようとするなら、説得しようとしても無駄だろう。
「なら、俺からはもう言いません。でも、貴女はディキシスさんを止めたほうがいい。この惨状を見てわかるでしょう。ラクシュさんに勝てるはずがないんです」
きっぱり言ってやれば、レムナは心外だとばかりに頬を膨らませた。
「ディキシスが負けるはずないよ。まだ見つけられないけど、この地下のどこかで、絶対に生きて、キルラクルシュを追いつめてるはずなんだから」
そして、レムナは瓦礫からひょいと立ち上がる。
「それにね。私、すごく良いこと思いついちゃった」
「え?」
「アーウェンを殺しちゃえば、ラクシュはもうきっと、誰の血も飲めないよね?」
満面の笑みを浮かべる彼女は、獲物をまっすぐに見つめていた。
「アーウェンは好きだよ。だけど、ディキシスの武器であることが、私の生きる意味なの。だから……殺しちゃうけど、ごめんね?」
「レムナさん……」
アーウェンも立ち上がり、半狼の姿なりに、精一杯の笑みを浮かべる。
陰気な暗い遺跡の中で、フフフ、と笑い合った。
―― 本当に、彼女と自分は似たもの同士だ。
自分がレムナの立場だったら、絶対に同じことをしていた。
「……貴女が、うらやましいですよ」
愛する者の武器になれた貴女が、本当にうらやましい。
ラクシュはきっと、ディキシスやレムナを殺すことさえも嫌がるのだ。もう、どうしたらいいか解らない。
(すみません。ラクシュさん……)
だから……自分は勝手に、レムナたちを殺すことにしよう。
きっとそれこそが、ラクシュをまた傷つける行為なのだろうけれど。
ラクシュを傷つける奴らなんか、俺も含めて、全部、死ね。
――この地獄の底で、みんな道連れにしてやる。
手甲ナイフを光らせたハーピー少女と、牙を剥いた人狼青年は、暗く入り組んだ遺跡の中で、互いの息を止めようと襲い掛かった。