彼の涙-3
そうだ、挫けちゃ駄目だ
愛おしい杏の素敵な笑顔を失わない為にも
一つ一つの出来事をクイ無くやり遂げよう
何時、この命が消えてもいいように、全力で……。
オレンジ色に染まる夕日が、そんな僕に微笑みかけているように見えた。
「ただいまぁーっ!」
僕はハキハキとした口調で、居間のドアノフに手を掛ける。
「あっ、お帰りなさい」
「おー絆ぁ!」
母さんの何時もの声に続き、懐かしい太い声を耳にし、その声の方に顔を向けると。
「義之叔父さん!」
ソファーで、いずみと共にお土産の苺大福を摘み楽しく会話をする、中年の背の低い小太りの男性、富良野で一人暮らしで父さんと2つ違いの弟。見ての通り愛想良く、小さい頃から僕ら兄妹をとても良く可愛がってくれて、僕らも大好きな叔父さんだ。
「どうしたの?突然」
「いやなぁ、札幌にちょっと用があってな、ついでに顔を見に来たって訳だ」
用と言うのは恐らく絵画の事だろう、彼はこう見えて画家で、年に4,5回個展を開いたり、地元の中学校で生徒達に芸術を教授するなど様々な美術関係に携わって居る。
「最後に会ったの確かお前が中学に入った時以来だよな、いやーまた背が伸びたんでないかい?」
僕は、身長にはソコソコ恵まれていて大体168cmはある、でも叔父さんは父さんと血の繋がった兄弟と言うだけあって、双子と言う訳では無いが体型や顔がある程度そっくり
で、父さんが眼鏡を外したら案外どっちが分からなくなる事も。
「いずみも、背はアレだが、また大きくなったんでないかい?」
と、嫌らしくいずみの胸元をチラチラと見つめ。
「叔父さん……………怒るよ?」
目が恐いぞ、妹よ。
「うっ!ゴホッゴホッ、はぁはぁ」
「叔父さん!?」
突然咳をし、顔を歪ませる叔父さん。夕飯の支度を終えた母さんが慌てて叔父さんの傍へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「いやぁ。」
「あんまり無理は良くありませんよ、また仕事中に倒れでもしたらどうするんです?」
母さんの言うように、彼は癌で体も弱く、半年前出張先のパーティで突然倒れ、父さんと母さんはとても心配し、今でもその事を気に掛けているようで。
「なぁーに、平気平気だって、あの時はちょっと出張周りで、疲労が溜まっただけだってぇ!。あーそれより絆、お前の部屋に案内してくれ、ちょっと見せたい物がある」
そう言って、心配する母さんの手を振り払い、僕の肩に太く暑い手が触れ、流されるがまま自室へ案内する。
「ホントに、大丈夫なの?」
「あぁ、だからこうして今も色んな所を駆け巡ってるんだろ。それよかお前にこれをやろう、開けてみろ!」
彼を部屋へ入れ、僕の心配を他所にある物を手渡してきた、それにゆっくり見つめると
「あっ、これって……。」
「へへーん。」
得意気な顔を作り、見るとそれはパステルだった、しかも絵画道具に精通している僕ですら目にした事の無いデザインの箱で。
「どうしたの?これ。」
「どうしたって、おめー忘れたのか?」
不思議そうに首を傾げる彼を見て、思考を巡らせる、すると、中学に入りその入学祝いに駆けつけた時の叔父さんの言動を思いだす。
「確か、入学祝いで回転寿司に行った帰りに僕と叔父さんとで街を歩いていたら」
「そう!その時偶然フランス製の古いパステルを目にして、それをすごーーく欲しがった
アートボーイが、「欲しいなぁー」っつって目をキラキラさせてたもんだから」
「良く手に入ったね!コレ見つけるの大変だったでしょう?アノ日、見つけたコレ非売品だったらしいから」
「なぁーに、俺が絵画仲間にその話をしたらたまたま持っていたって言うんで受け取ったまでよっ!」
と、言うが気の良い叔父さんの事だ、色んな地方を回ったり、ありとあらゆる人脈を辿り
聞きまわったのだろう、ホントいい人だ……。
「まさか、これを僕に?」
「あたぼーさぁ!受け取れ受け取れっ!」
「有難う!叔父さん!」
僕は、彼への沢山の感謝の思いを抱き、そのパステルを両腕で胸に押し付ける。
「大事にしろよな?」
「うんっ!」
ほんわかとした空気。叔父さんは僕が可愛い甥っ子だからパステルをプレゼントしてくれたのもそうだが、もう一つの理由として自分と身近な人が、絵画と言う世間一般から放れた世界観を理解し愛してくれたのがよっぽど嬉しいのだろう、僕が絵に情熱を注ぐようになったのは、この叔父さんの影響と言っても過言では無い。兄である父さんは絵には全然関心が無く、母さんもいずみも叔父さんの絵のウンチク話しにひたすら苦笑いをするだけで、心細かった彼に、幼い頃の僕が、彼の絵に魅了され、それを見て再び絵と向き合う勇気が沸いたそうで。
「ん?おっ、なんだぁー♪」
そう想い想いに浸っている隙に、彼は僕の部屋に置いてある写真立てを手にし、慌てて
顔を赤く染め、取り上げる。何故ならばその写真には僕と……。
「おいおいなんだよ絆ぁ、横に居るベッピンさんはよう♪」
「こっ、この人はぁ」
「彼女か?」
「たっ、ただの幼馴染ですっ!」
もう恋人だと胸を張っても良いのに、こう言われると、つい。
叔父さんも小さい頃からの付き合いだけど、ほんとにたまにしか来ないので、流石に彼女の存在にまでは届かなかったようで。
「いやー、でもほんと可愛い子だなぁ」
再び胸元に目が言って居るような、嫌らしい目をし。
「叔父さん…………キレるよ?」
「ひぃぃぃ!何なんだぁーこの兄妹はぁ!。でもほんと明るい感じが良く出てるよな、軟弱なお前と違って」
「軟弱ってどういう意味ですか?元はと言えば叔父さんのせいで」
「っ!」
「あ……」