第二話 黒相手-1
翌日の昼の四ツ半(午前十一時頃)、またも霧橋の部屋にてタマと戯れている歓八のわきで、朝湯から上がり浴 衣の前をはだけて風を招き入れていた霧橋花魁が軽く怒ってみせた。
「こら、歓八。おまえ昨日やりすぎだったよ」
「へ? なんのこってす?」
「霧舟だよ。あいつに尻穴の稽古をつけてくれってたしかにあたいは頼んだよ。でも、釜を掘られるのが病みつき になるまでみっちり稽古するとはなにごとだい。おかげで霧舟は『姉さん、今日も尻穴の稽古を積ませておくれよぅ』って願い出る始末じゃな いか」
麗しい眉を吊り上げる霧橋に首をすくめた歓八は、さらに畳に這いつくばり、平身低頭してみせた。それへ苦笑で 応えた花魁は細長い首を少し横に傾けた。
「若い時分、芳町の陰間茶屋にいた……、もっとはっきり言えば男娼だったおまえだから釜を掘られるのは慣れて いる。肛門によるまぐわいの味もよーく知っている。当然、尻の稽古も手取り足取り教えることができる。でも、初回なのに尻穴で気をやっち まう霧舟はどうしたものかねえ」
「そりゃあ花魁、あれですよ。人には向き不向きてえものがございまして、霧舟の場合、尻穴での交情がどんぴ しゃり、身体に合っていたんでしょうなあ。あっはははは」
声を上げて笑う歓八につられ、霧橋も笑いで肩を震わせた。
「身体に合ってるといえば、歓八、おまえのほうはどうなんだい? 今でもけつの穴、疼くことがあるんだろ う?」
「いや、花魁。あたくしほどの年になるってえと掘ってくれる相手がいなくなります。で、穴が疼いてしょうがな い夜は、四目屋で購った張形で用をたしております」
「けつに張形を突っ込んでるおまえの姿を想像すると……」
霧橋は身体を折って「くくく」と笑い、それでは収まらず反っくりかえって大声で笑った。
そこへ、襖をとんとんと叩いて遣り手の鷹野が入ってきた。妓楼で遊女を取り締まり万事切り回す大年増が入って きた。
「おや歓八。またぞろタマと、いや、霧橋花魁とお戯れかえ? あんまり度が過ぎると、この豪丸屋の出入りを禁 じるよ!」
遣り手にきつく睨まれ、歓八は居住まいを正した。それを霧橋がやんわりと取りなす。
「まあまあ、鷹野さん。ここはわっちに免じて許してやっておくんなんし。それより、なんぞ用件でもござりまし たか?」
「そうそう。楼主の豪三がやっかいな話をしょい込んじまってさ……」
「やっかいな……」
遣り手はうなずいた。そして幇間に目で「出ておいき」と伝える。歓八は素直に廊下へ出て襖を閉めたが、そこへ そろりと寄りかかり、部屋の会話に聞き耳をたてた。
「花魁、じつは御上から内々の話があったようで」
「御上って、お城(江戸城)からかえ?」
「さいでござんす。そこで、折り入って相談が…………」
室内の声が低くなったので歓八は話の全貌をつかめなかった。「隠密に……」「異人……」「黒い……」などの言 葉を断片的に拾っただけだった。が、なにやら面白そうな匂いがして、幇間はほくそ笑んだ。