約束は守るためにある-3
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―― ディキシスは、あの時の少年だ。
ラクシュがそう気づいたのは、人混みの中に突き出た彼の頭部だけを見たからだ。
十二年前の貧弱でやせこけた少年と、立派な長身の青年になった彼は、あまりにも違っていて、気づかなかった。
しかし、一度気づいてしまえば、暗い夕陽色の目は、確かにあの夜、吸血鬼たちへの憎悪をたぎらせていた目だ。
彼は、どうやってあの泉から生きて戻ることが出来たのだろうか……。
「――ラクシュさん?」
回想に耽っていたラクシュを、アーウェンが覗き込む。
「ディキシスさんと知り合いだったんですか? でも、生きてたって……」
アーウェンは、とても心配そうな声と表情だった。
「ん……」
ラクシュは少し戸惑った。
自分の顔を見たディキシスの反応から、彼の探し人は恐らく『本物のキルラクルシュ』なのだろう。
つまり彼は、新聞に載っていた討伐記事の死体が贋物だと、知っているようだ。
このとても長い経緯を、アーウェンにどうやって伝えようかと思案していると、不意に大砲のような音が轟いた。
同時に夜空へ、色とりどりの無数の星が打ち上げられる。広場の人々が、いっせいに歓声をあげた。
星祭の最後を飾る花火だ。
「あ」
久しぶりに見た花火は、夜空に大輪の花が散ったようで、例えようもなく美しかった。
一瞬で消えてしまう華やぎだからこそ、こんなにも美しく惹きつけられるのだろうか。
「綺麗ですね」
弧を描いてキラキラと舞い落ちていく火の粉を眺め、アーウェンが笑う。彼は慈しむようにラクシュの手を両手で包みこんだ。
「ラクシュさんが元気になってくれて、本当に良かった。また一緒にこれを見られて、嬉しいです」
「……ん」
緑色のレンズ越しに、花火よりももっと綺麗な光の粉が、キラキラと舞い散って見える。
このゴーグルは我ながら傑作だと、ラクシュは心の中で深く頷いた。
こんなにキラキラしているアーウェンを前にしたら、とても目をあけていられない。
―― アーウェン、嬉しそうだなぁ。
彼は普段、ラクシュの事ばかりを気にかけていて、自分の事は常に後回しにしている気がする。
身体を重ねるようになってから、そっちの面では暴走しがちだが、それだって最近はかなり我慢をしているようだ。
もう、うっかり服を破いたり物を壊してしまうこともなく、非常に気を使いながら、慎重にラクシュへ触れる。
そんなアーウェンにとって、星祭がこんなにも喜べるものであれば、来年もきっと来たいと思った。
「ん。来年も……これ、見よう」
そう言ったら、アーウェンはポカンと驚いたような表情を浮かべ、唐突にラクシュを抱きしめた。
「すみません……人前でこういうの……あんまり良くないって、解ってますけど……」
ラクシュの首筋に顔を埋めて、アーウェンが感極まった声で呟く。
近くから冷やかすような声があがったが、広場には他にも似たような事をしている恋人たちがたくさんいるから、そう目立ちもしない。
ラクシュもそっと手を伸ばして、アーウェンの広い背中に抱きついた。彼のオリーブ色の髪が頬をくすぐる。
「アーウェン。私……君が、大好きだよ」
もう十年も昔。
この街で、彼の髪と同じ色の靴を買った帰り道にも、ラクシュは確か同じ事を言ったけれど、まったく同じ言葉なのに、どこか違う気がする。
「ラクシュさん、もう一個だけ、ワガママさせてください」
アーウェンが、ラクシュのゴーグルを額に押し上げた。
途端に襲われた眩しさに目を瞑ると、唇が柔らかいもので、そっと塞がれた。