ねぇ、知ってる?-1
星祭りを邪魔した討伐兵の捜査は、幸いにもすぐ終わった。
なかなか成果をあげられないと言われているだけあり、彼らのチェックはずさんで、身分証明のコインを携帯していなくても、知人の証言などでパスしてくれたほどだ。
だが、される方からすれば、その位の緩さでありがたいのだ。
「吸血鬼は、いないようでしたーっ! ご安心くださーいっ!」
一時間ほどで簡単なチェックを終えた討伐兵たちは、司令官が高らかに宣言すると、さっさと馬に乗り、市街地の方へと去って言った。
騎馬団が砂煙だけを残して姿を消すと、広場には祭りの賑わいが戻り、人々は今の時間を取り戻そうとするように、さらに陽気に笑いざわめいた。
白いミルクを流したような天の星河は、地上の出来事など関さずに、相変わらず美しい。
アーウェンはレムナと共に、テントの近くでチェックを受けた。
討伐隊が去り、急いでラクシュたちの所へ向おうとしたところ、先に彼らから来るのが見えた。
スルスルと影のように静かに歩くラクシュの隣で、ディキシスはなぜか妙に青ざめた顔をしている。
「ディキシス……何か、あったの?」
レムナが心配そうに尋ねると、無愛想な顔へさらに暗さを増している青年は、首を振った。
「何でもない……少し疲れただけだ。それより、俺は書かないことにしたが、お前の願い札は吊るしたのか?」
「あっ」
顔を赤くしたレムナが、慌てて願い札を後ろに隠した。地味な灰色のマントが揺れると、中から鉱石ビーズの光が漏れる。
ときおり見える彼女の衣服は、一種の魔道具のようだ。
露出の高い衣服はハーピーに珍しくないが、そこに輝く鉱石ビーズの量に、アーウェンは少し驚いた。
あれをクロッカスの店に注文したら、目の飛び出るような額になるだろう。
サンダルや、首もとのチョーカーも同様の類だし、ディキシスは一体、彼女の身を守るために幾らの金額をつぎ込んできたのか。
しかしアーウェンに、彼らの経済事情は関係ない。
それより自分も、ラクシュに見られないうちに願い札を吊るしてしまおうと、レムナを突っついた。
「あまり目立たない場所を教えますから、早く付けに行きましょう」
レムナがディキシスに札を見られたくないなら、とっておきの穴場を教えよう。なんとなく、彼女と自分は、似た者同士のような気がしてしまうのだ。
「え、いいの?」
嬉しそうに顔をほころばせるレムナに頷いた。
「ラクシュさん、俺は札を吊るしてきますから、ちょっと待っていてくれますか?」
ラクシュはきっと、今年も何も書かないと思った。
彼女は星祭りに来ると願い札を買うけれど、いつも真っ白なまま、適当な場所に吊るしていたから。
ところが、スッと伸びてきたラクシュの手に、上着の裾を掴まれた。
「ん」
とても綺麗な文字で書かれた札が、アーウェンの目の前に差し出される。
「わたし、書けたよ。見て」
「え?」
アーウェンは目の前の紙片をまじまじと眺めて、何度かその言葉を頭の中で反すうする。
興味津々で覗き込んだレムナも、ポカンとした顔になった。
ディキシスが困惑したように頭をかいた所をみると、彼もこれを見せられたらしい。
「……野菜になりたい、ですか?」
アーウェンが尋ねると、ラクシュは無骨なゴーグルを付けた顔を、コクンと縦に振った。
「ん。わたし、生まれ変われたら……やさいに、なりたい」
満足そうに頷いた後、彼女は少し首を傾げて、ボソッと呟く。
「ピーマンは、嫌いな人、多い……できれば、じゃがいも? 美味しいのが、良いな」
視界の隅で、レムナがなんとも言えない微妙な顔をしているのが見えた。
笑っていい所なのか、図りかねているのだろう。